赤石さんのよみがえり

失くしたと思っていたものが見つかるのはうれしい。
半年くらい前に、それまでほとんど毎日手首に装着して通勤や外出をしていたブレスレットが行方不明になった。二本を重ねて装着することが多く、その二本ともをいっきに失くして、私はかなりの動揺を覚えた。二本のブレスレットたちの名は「赤石さん」と「桃石さん」という。彼らの本名は、赤石さんのほうは「カーネリアン」で、桃石さんのほうは「アベンチュリン」。球体の石を、細い透明のゴムひもで繋いでわっかにしてあるブレスレットだ。私にとっての彼らは、「護り石」的存在であると同時に、私が積極的に身につける数少ない装飾品でもある。どこかでうっかり落としたのか、それともあまりの日々の激務に脱走を図ったのか、いろいろ心当たりを探ったり、自宅内で「赤石さーん、桃石さーん、出てきてくださーい」と声を出して呼んでみたり、あちこちで捜索協力要請をかけてみたりしたけれど、なかなか見つからない。もしかすると、私の身代わりとして、何かから護ってくれたのち姿を消したのかもしれない、と思ったりして、だとしたら、ありがとう、と感謝の念を飛ばしもした。
結局、そんな赤石さんと桃石さんが、どこにいたかというと、私の部屋のクッションとクッションの間に潜伏していた。順当に考えれば、帰宅した私が着替えるときにブレスレットを手首から外し、本来であれば、定位置である「さざれ水晶」の寝床(ワイングラスの中)に置くところを、何を思ったか、定位置ではない、クッションとクッションの間に、自分で置いたということなのだろう。まったく記憶がないとはいえ、我が家の家族構成や各種事情を鑑みるに、それ以外は考えられない。
何はともあれ、赤石さんと桃石さんの潜伏生活の終了を、私はたいそう喜んだ。しかし、かつてはあんなに力強くて元気だった赤石さんと桃石さんの姿に、それまでにないほどのくすんだ感じが見受けられ、逃走以前の激務と、逃亡潜伏中の疲労が見て取れた。これはしばらくは、水晶の寝床で十分横になっていただいて、薄い塩水での洗浄と、真水でのすすぎのあと、月光浴も存分に提供し、復活を待ったほうがよいようだ、と、彼らを見て思った。だから彼らとの再会後も、すぐに装着するのは控えて、ひたすら、水晶の寝床で英気を養う姿を見たり触ったりしては応援していた。
それが、今日、私が、岩盤浴に出かけましょう、と、準備をして、予約もして、あとは出かけるだけ、というところで、突如、赤石さんが「我を連れて行くのじゃ」と言う声が聞こえた。正確に言えば、耳で聞いたわけではなく、自分のどこかで感じた、というほうが近い。赤石さんがそうおっしゃるのなら、と、出かける自分の腕(手首)にとりあえず通す。同じ寝床にいらっしゃる桃石さんにも「ご一緒にいかがですか」と声をかけてみるけれど、桃石さんは「私はいいから、いってきて」と言われる。そうですか、では、と、赤石さんと二人で岩盤浴屋さんへ。
岩盤浴着に着替えて、岩盤浴室に入るとき、赤石さんはロッカーの中にいるほうがよいのではないかといったん腕から外してみたけど、赤石さんご本人が「浴室内に連れて入るのじゃ」とのたまう。石としての強度などはよくわからないけれど、ゴムひもの立場としては、岩盤浴室の気温や湿度は負担が大きいのではないだろうか、とも、忠告さしあげてみるものの、「ええから、さっさと連れて入らんかい」と主張する赤石さんに促され、腕につけたままの状態にて岩盤浴室に入る。最初はそうして腕につけていたけれど、じきに自分の腕から出る汗にまみれるのはいかがなものかと思い、腕から指先にその位置を変える。ロザリオ(私はカトリック教徒ではないのだけれども)を一粒一粒指先でまわしながら祈りを捧げるときのように、指の先の赤石さんたちを、指先で一粒一粒触りながら、岩盤の熱に身を任せる。
しばらくすると、赤石さんが「床に置け」と言う。けれど、私としては、失踪後せっかく再開できたのに、手元から離して、また別離を味わうのはいやだなあ、と思って、少し途惑う。それでも、赤石さんが「ええから、さっさと手から離せ」とおっしゃるので、自分の目の前に姿が見えるようにして、自分が横たわる岩盤浴用の大判バスタオルの上に、そうっと、石のわっかを置く。
石には、この熱、だいじょうぶなのかなあ、ゴムひもはだいじょうぶかなあ、と、気になるけれど、赤石さんはご機嫌だ。赤石さん、どうなるんだろう、と思いながら、しばらく眺めていたら、何十分かしたころに、赤石さん五個と赤石さん五個の間に定期的に繋がれている透明な水晶が突如凛と輝き始めた。潜伏後は、赤石さんも繋ぎの水晶も全員がくすんで疲れたかんじだったのが、何かを充填し終えたみたいに、水晶だけが輝きと力を取り戻した。そうかあ、岩盤浴に来たかったのは、赤石さんよりも水晶さんだったのかあ、と思いながら、自分の体の向きを変えるたびに、ブレスレットの場所も自分の目の前に変えながら、岩盤浴を続ける。
二時間近く経過した頃だろうか、水晶と水晶の間にいる五粒ずつの赤石さんたちの艶と輝きが変わった。繋ぎの水晶経由で何かの力が注がれているように、少しずつ少しずつ、くすみのない、つるりとした、かつての美しさを取り戻す。いや、「取り戻す」というよりは、新しく生まれ変わる、という表現のほうがふさわしいと思う。私が知り合って以来の、どのときの赤石さんよりも、今の赤石さんは、力強く美しい。
これまで、石のお世話というと、塩水洗いや真水でのすすぎや月光浴くらいしかしていなかったけれども、石本人が望むのであれば、できるだけ望みをかなえてあげるのがいいのかもしれない、と、初めて思う。こんなに透明感のあるつややかな石となって、私のそばにいてくれるのは、なんだかとてもうれしいなあ、と思いながら帰路に着く。
自宅のあるマンションの共用廊下で、うちまであとほんの数メートルというところで、雨の湿気でブーツの底が床に滑って、私は、とてーん、と転んだ。頻繁に捻る右足首をまた捻り、左膝も強く打ち付けたように思う。「いたーい」と一人でつぶやいて、とりあえず、痛みを感じる右足首と左ひざに意識を集中してみる。足首は、大丈夫、折れてない。捻挫の度合いも軽い。左ひざは、スカートの下にスパッツをはいていて、スパッツが少しすりむけたみたいになってはいるけど、皮膚の状態までは見えない。でも、スパッツの布を破ったり超えたりして、皮膚や肉が出てきているわけではないから、そんなにたいした怪我じゃないはず、と判断して、自宅玄関を再び目指す。
いつものように、靴を脱いで、部屋に入って、荷物を置く。夕方遅い時間だから、カーテンを閉めて、灯りをともして、コタツとパソコンのスイッチを入れる。手を洗って、うがいをして、今一度、足の様子を見る。右足首を、くにくに、と動かしながら手で触る。大丈夫。痛みも腫れもない。左の膝はどうだろう。なんとなく、スパッツの生地と皮膚の間に、浸出液の気配を感じるのだけど。足首からスパッツの布地をめくりあげて、膝を露出させてみると、薄皮がべろーんと剥けて、皮膚の下の部分が見えて、ひりひりと痛む。わずかな出血と無色透明の浸出液もある。けれど、スパッツの布に保護されていたおかげで、廊下の汚れなども付着しておらず、傷も痛みも、あの衝撃の割には少ない。キズパワーパッドのようなハイドロコロイド素材のシートがあれば、それを貼りたいところだけれど、我が家には買い置きがない。代わりの処置として、清浄綿で患部を軽く拭き、抗生物質と弱いステロイド剤の入った軟膏を塗布して、絆創膏で覆う。こうして皮膚の下の部分さえ空気に触れなければ、患部の痛みはほぼ感じない。打撲の痛みはどうだろうか、と、体全体をゆすって様子を見る。転倒の衝撃による痛みと違和感を腰の左側に少し感じはするけれど、それほどたいした痛みではない。
ああ、赤石さんは、今日の、この、廊下での転倒から、転倒そのものは避けることができなくても、それに伴うわざわいから、こうして私を護るために、一緒に出かけて復活してくださったのですね。珍しくスパッツをはいた私もお手柄でございました。ほんとうにありがとう。これからもよろしくお願いします。