月岡温泉ものがたり

四月二十九日。北陸道を北へ北へと向かう。県外ナンバーの車で混雑気味。お昼ごはんはサービスエリアで、私は助六寿司とますの寿司がパックに入ったものと食後に能登塩大福。夫はブラックラーメン。高速道路の交通量の多さを見て、夫が、「みなさん、やる気満々やなあ」と言うが、自分たちもその「やる気満々」な一員だ。北陸(富山)を抜けて新潟県に入ると、とたんに車が少なくなる。サービスエリアの交通整備の人もいない。新潟県の高速道路は、幅も広くまっすぐで、かといって単調なわけではなく、走りやすい。今日はどこまで行こうかと考えながら運転して、新潟県新発田(しばた)市あたりにしようかねえ、と話す。こんなときに携帯端末などを持っていたら、車中で検索して調べて予約して、というようなことをするのかもしれないけれど、我が家はその点古式ゆかしい「行き当たりばったり」だ。
夫が地図上に「月岡温泉」という文字を見つけて、ここで空いてるところがあれば、温泉宿に逗留して、空いてなければ新発田市まで行ってビジネスホテルか素泊まり民宿を探そうか、と提案してくれる。月岡温泉というのは初めて聞く名前で初めて通る町。月岡温泉観光案内所でたずねてみると、「素泊まりできる宿ありますよ」と、浪花屋という名の宿を紹介してくれる。電話で空室と料金を確認してくださったところ、空室あり、一人五千円とのこと。
案内所からそう遠くない場所の浪花屋に車で到着すると、看板には「自炊歓迎」と書いてある。玄関前で宿のおじさんが出迎えてくださる。私たちと入れ替わりに出てきた年配の男性は日帰り入浴利用のお客さんのようで、「自分の車をもう出すから、そこに車を停めたらいいよ」と声をかけてくださる。私たちの車の鍵は、宿のおじさんが持っていて、「あとですぐこちらで動かしますから、とりあえずお部屋にどうぞ」と言われる。玄関には「源泉かけ流し」の立て札。
通された部屋は十畳ほどの和室で、縁側と床の間があり、洋式トイレと洗面台と冷蔵庫付き。大きめのポットにお湯が入れて置いてあり、茶器もそろっている。フロントと部屋の間には自炊用の台所があるが、もちろん宿で食事を作ってもらうこともできる。部屋はガスファンヒーターで温めてあったけれど、縁側と部屋の窓を開け放って空気を入れ替える。荷物を開いて、使うものを卓の上に並べる。急須でルイボスティー(赤)を入れて飲む。窓の外からあんこのにおいが漂ってくる。
この町に入ってすぐに、たくさんの饅頭屋さんがあることには気が付いていたけれど、空気があんこのにおいになるほど、なのだろうか。温泉成分の硫黄のにおいもそれなりにするのだけれど、それを超えるあんこのにおい、というのははじめての体験だ。
翌日の朝ごはん用に饅頭を買ってから、夕食をどこかで食べよう、ということにして出かける。徒歩でてろてろと。饅頭は、つぶあんこしあん、しろあん、きみあん、の四種類が二個ずつ入ったものを買うと、こしあんのをひとつおまけでつけてもらえた。
夕食は、居酒屋さんのようなお店で、いろいろと。私は梅酒のお湯割を飲みつつ、夫は日本酒(かん)を飲みつつ。イカのお刺身にウズラ玉子をのせて海苔と一緒に混ぜて食べる「イカうずら」が気に入った。他には、サヨリの刺身、山芋タンザク(うずら玉子入り)、厚焼き玉子、油揚げ焼き、鶏のから揚げ、モズク酢(うずら玉子入り)、鯖の細巻き、納豆巻き。帰りにスーパーで、煮卵三個いりとイチゴを一パック購入。
宿に帰って、夫が月岡饅頭を食べるそばで、私は煮卵をいっきに二個食べる。夫は卵は明日の朝ごはんにする、という。イチゴは朝食用に冷蔵庫で保存。
おなかがくちくなったところで、夫がお風呂に入ってくる、という。いつもなら、夫が私に、「ごはん食べてすぐには入らないほうがいいよ」と忠告するのに珍しいな、と思ってそういうと、「饅頭食べてからはすぐだけど、食事が済んでからはもう二十分くらい経っているから大丈夫」だという。
私が饅頭を食べたり(とてもおいしい饅頭。あんもおいしいけれど、皮が異様においしい)ルイボスティを飲んだりしている間に、お風呂からあがってきた夫が、「ちょっと、ここのお湯、いいよ」と教えてくれる。では、私も、入りましょうかね、とゆっくりと準備して、夫と入れ替わりにお風呂へ。
小さい旅館でも、一応、男湯と女湯は別れていて、洗い場にシャワーと蛇口は二つ。女湯の湯船は縦横ともに私の身長よりも少し長い二メートル四方サイズ。男湯はもう少し小さかったらしい。ここのお湯は硫化水素がたくさん含まれている。硫黄の多いお湯に入ると、お湯の力に負けることが多いのだけれども、ここのお湯は、私の体にとっては、これまでの人生で出会った温泉の中で二番目に相性がよいかもしれない。入れば入るほど、体が整う感覚。長くゆっくり入ってお湯を浴び続けたい感覚。(私の体にとっての相性のよさ第一位の温泉は「小谷(おたり)温泉(熱泉荘の)」。
部屋に帰ってから、夫に、「ほんとうだね、ここのお湯、かなりいいね」と話しかけるも、夫は、「いいやろー」と一応言葉を返してくれつつうたた寝。お風呂から部屋に帰る途中フロントに置いてあった「アスパラまつり」のパンフレットを見て、明日は宿をチェックアウトしたあと、宿から近い公園の中にある食堂で、早めのお昼ご飯に「アスパラのボンゴレ(パスタ)」を食べると決める。
しばらくしてから、目覚めた夫に、「明日はアスパラのボンゴレだよ! アスパラ好きを止めることはできないからね!」と決意を表明する。その後、もう一度、それぞれお風呂に行って温まってからお布団に。たまたま立ち寄った温泉が、大ヒットでよかったね、と語りながら、おやすみなさい。
本日の走行は、約415km。約五時間。