木蓮並木

四月三十日。月岡温泉の宿でゆっくりと目を覚ます。温泉のお湯でさっぱりと顔を洗って目を覚ます。昨夜のうちに夫に、「朝になったら、どうやらくんは私よりもきっと早く起きるから、新しいお湯をポットにもらってきてください」と頼んでいたけれど、夫が取りに行くまでもなく、夫が起きてお風呂に入りに行くときには、すでに、部屋の前に、新しいお湯のポットと茶器が置いてあったとのこと。お茶のためのお湯が命の私の中の「宿の評価ポイント」が急上昇。
朝食前に、紅茶の豆乳割を500ccほど一気に飲んでから、二杯目を入れる。朝ごはんにイチゴと饅頭を食べる。ゆっくりと荷物を片付けて、出発準備。夫がフロントの喫煙所でタバコを吸いながら宿のおじさんに、「ここのお湯はいいですねえ」と話したところ、「うちは、小さい宿だから、源泉かけ流しにできるけど、大きな大浴場のホテルだと、なかなか源泉かけ流しをするのは難しい」と話してくださったらしい。私は適温で入浴するためならば、源泉100%にはこだわらないし、熱くて入れないときには加水もがんがんしちゃうよ派だけれど、たしかにここの宿のお湯のよさは、源泉100%であることでよりいっそう増している、と思う。
十時過ぎにチェックアウトして、アスパラボンゴレ(アスパラガスとアサリのスパゲティ)の食堂を目指すが、十時半の開店時間には少し早く、温泉街にある無料の足湯施設で少し足湯を愉しむ。足湯施設はお客さんでほぼいっぱい。十時半になったかな、と話しながら、食堂のある公園に行く。食堂の前の駐車場に車を停めるが、お店の看板は「準備中」。夫が確認してきて、「十分くらい待ってください、だって」と教えてくれる。「それじゃあ、私はその間に、今夜ホテルに持ち込むぶんの荷物をまとめておくよ」と私が言うと、夫は、「じゃ、俺は、その間、鯉に餌をやってくる」と、百円で買ってきた鯉の餌の袋を片手に池に向かう。
しばらくしてから入った食堂のお客さんは、私たち二人だけ。アスパラボンゴレは大満足なおいしさ。特にアスパラが、甘くて濃い味でしあわせ。新潟県のこのあたりは、アスパラの名産地らしい。アスパラ好きにはたまらない。このお店以外にも、アスパラ料理やアスパラを使ったお菓子などが「アスパラまつり」加盟店になっている。
アスパラボンゴレ以外にも、玉子が自慢らしいということをメニューを見て知り、厚焼き玉子も追加で注文。夫が「みそきち、昨日から、玉子ばっかりほしがって、玉子にとりつかれているんじゃないか」と言うけれど、「そうかなあ、ま、いいじゃん」と軽くかわして、おいしく食べる。
おなかがいっぱいになって、大満足な気分で、これなら元気よく運転できるぞー、の気概満々で、本日の逗留先である山形県寒河江(さがえ)市へ一路向かう。宿のおじさんが教えてくれた「のんびりドライブしながら行くならおすすめの道」を走行。おすすめの理由は、交通量が少なくて流れがよいことと、景色がたのしいこと。月岡温泉のあたりは、ちょうど桜が終わったところだけど、寒河江市に向かうこの山道なら、途中のあたりが、今ちょうど桜が満開で、桜並木がきれいなはず、という理由もあり。
実際に走ってみると、季節が、春が、どんどんとさかのぼるみたいに、菜の花が増え桜が増える。桜並木も立派だけれど、私が特に気に入ったのは、木蓮の街路樹。木蓮の木が延々と何キロも続く道。至福。私は「桜の時期の桜」よりも「桜の時期の木蓮」が大好き。街路樹の木蓮は、花の大きさが小さめで、まだ花がかたく閉じていて、木蓮の一番きれいな(私にとっての)時期。
途中何度か運転を交替しながら、寒河江市に到着。ホテルの部屋はツイン。ベッドは広めの120cm幅。部屋にはユニットバスがあるが、ホテルの隣の温泉旅館の大浴場(寒河江温泉)に無料で入浴可能。午後三時過ぎの大浴場には、まだ誰もお客さんがいなくて、一番風呂の貸しきり状態で快適。今日の夕ご飯は米沢牛のステーキ、と決めていて、それまでは、部屋でゆっくりと。夫は私の旅の本をベッドに寝転んで読み、私は、ハニーブッシュティに豆乳を加えたものをぐびぐびと飲む。
こういうホテルに備え付けられているIH湯沸しは、私にはいつも物足りない。一度に湧かせる水量が350ml程度で少ないし、お湯が沸くまでの時間が長い。昨夜も一晩で二リットルのポットのお湯を飲み干した私にとって、この手の湯沸しは、何度も何度も水を汲んではお湯を沸かさねばならなくて、あまりにも手間がかかる。夫は「普通の人は、これくらいの量で十分なんだって」と言うが、どうにも疑わしい。
夕方六時過ぎに、このホテルと隣の温泉旅館と同じ経営のステーキ屋さんに出かける。徒歩一分程度。米沢牛サーロインステーキを待つ間、夫は焼酎のお湯割を、私は梅酒をロックでちびちび。しばらくして供されたステーキを、夫は出されたステーキソース(ニンニクと玉葱入り)で、私は卓上においてある粒白胡椒をすったものと、モンゴル岩塩で。おいしい。米沢牛はえらい。米沢牛を作った人えらい。他にもアスパラの串焼き、牛サガリの串焼き、枝豆、スティック野菜、と、ご飯も。
「なんだか、まだ二泊目なのに、すっごくゆっくりした気がするね」と話す私に、夫は「そりゃあ、今日は、月岡温泉から寒河江に移動しただけで、他になんにもしてないんだから、ゆっくりに決まってる」と言う。朝、宿で、月岡温泉に入ってから、アスパラボンゴレを食べる前に鯉に餌やりをして遊んで、桜並木と木蓮並木に見とれて、寒河江温泉で湯浴みして、米沢牛をほおばって、私としては、十二分にいろいろしているのだけれども、夫としては、そろそろ、小高いところに上りたくなっているのだと思う。
というわけで、明日は、チェリーランドでトルコ館を見学して、ほしい小物(トルコスカーフ)があれば買い、フードコートでトルコ料理シシケバブをお昼前に食べてから、「山寺」に向かう。「山寺の、和尚さんは、鞠はつきたし、鞠はなし」の山寺。山寺は山の上まで上っていかねばならぬらしいが、勾配に興味のない私は、ふもとのカフェでお茶を飲みながら、本を読んだり手紙を書いたりして、夫が山寺の勾配を満喫して戻ってくるのを待つ予定。その後は、どうするのかな。明日は、どこに泊まるのかな。そろそろ山菜が食べたいから、山菜のありそうなところに行くかも。
本日の走行、約150km(一般道のみ)。所要約4時間。