花壇に立つ写真の台

五月二日の夕方以降旅記録。連泊の宿でお昼寝してたら、先に起きたらしい夫が「六時になったらご飯を食べに行こう」と、五時半頃に声をかけてくれる。私は少しずつ目を覚まして、出かける準備をしながら、何が食べたいかな、と考えてみる。すると、体がすぐに、「お弁当屋さんのお弁当か、駅弁か、お惣菜の野菜もの」と応えてくる。とりあえず、車で出かけて、道すがらのお弁当屋さんを探してみるけれど、それらしいものがない。駅前のショッピングセンターの立体駐車場(無料の時間帯だった)に車を停めて、そのへんを歩いてみる。駅弁を目指して駅に行ってみたけれど、駅員さんに尋ねたら、「ここの駅では駅弁は売ってない」という情報を得る。
駅から歩いて、立体駐車場まで戻る途中で、夫が、「せっかくだからこっちを通って行こうよ」と言う。何がせっかくなのかなあ、と思いながらも、そのまま駐車場に向かって歩いていたら、夫が、「ほらここ」と立ち止まって指をさす。もう陽が落ちていて薄暗くて、なんだかよくわからないけれど、たぶん川沿いの花壇っぽい。その先には、川沿いの角地に立つ小さな住宅。これのなにがせっかくなのだろう、と思ってしげしげ見ていたら、夫が、「俺が午前中に来たところ。映画「おくりびと」のロケ地の家と花壇」と説明してくれる。「ああ、なるほど、それで、せっかくなら、だったのか」と言うと、「せっかくこの道を通るんなら、この町の数少ない観光地であるここも見たほうがいいやろう」と夫は言う。
夫の説明によると、「昼間は人がそれなりにいっぱいいて、花壇のそこの台を使って、写真を撮ってる人がたくさんいた」らしい。花壇の中ほどに、細い柱が立っていて、お腹から胸の高さくらいのところにB5サイズくらいの板が水平についていて台のようになっている。
「この台の上に座るか立つかして、写真を撮ったり撮ってもらったりするの?」
「立ったらいけん。座ってもいけん。その台には、カメラを置いてタイマーを作動させてから、花壇のはしっこに行って、ジョウロで花に水をやってるフリをしたら、映画の中の広末涼子と同じ背景で同じ格好で写真が撮れるよ、というものなんだから」
「ああ。この台の上に立つのは確かに危なそうかも。柱も細いし。広末涼子さんが花に水をかける場面は、そういえば、そんな場面もあったかなあ、あったんやろうねえ。どうやらくんも自分で撮ったん?」
「俺は撮らん」
「そうなんや。せっかくなのに」
そんな話をしながら、立体駐車場のあるショッピングセンターに入る。私は食べたいものがほぼ決まっているから、ずんずんと食品売り場に入っていく。ごはんものは卵巻き。細巻きの中身がだし巻き卵のスティック、で、一口大に切ってあるもののパック詰め。蓮根のテンプラも。それから、プチトマトと、里芋の煮物。夫はカップ麺の蕎麦を買って、あとはコンビニのおにぎりを買って食べると言うから、帰り道にコンビニに寄る。夫がおにぎりを買うときに、私は発泡酒の金麦を買う。もう長いことビールは飲めない(飲みたいと思わないし、飲んでもおいしくないし、飲むと頭が痛くなる)のに、この日はなんとなく飲みたくて、買ってみることにするけれど、気の迷いでやっぱり飲めなかったらもったいないから、ビールじゃなくて発泡酒にしてみる。
宿に戻って、コタツに向き合い、買ってきたものを広げて食べる。プチトマトをほおばるたびに、細胞たちが、「これこれこれー。これを待ってたのよー」と言う声が聞こえるような気がする。飲めるかどうかどっちかなあ、と思っていた金麦は、ちゃんと最初はおいしく飲めて、久しぶりに、ああおいしい、と感じる。でも、一缶全部は飲めなくて、三分の一くらい残す。
タツの横にあるテレビでは、大河ドラマ龍馬伝が始まる。龍馬伝を見た後は、もう一度宿の温泉に入る。お布団に入って、明日はどこまで行こうかね、と話してみるけど、二人ともくつろぎすぎて、なんにも思いつかない。明日のことは明日になって考えましょう、ということにして、ゆっくりぐっすりおやすみなさい。