たらふく苺5/4

カメムシ御殿のお宿をチェックアウトしたあとはイチゴ狩り。
車で十分か十五分くらい移動したところにあるビニールハウスへ。
ひとり千二百円で三十分食べ放題のコースで開始。食べ放題以外にはその場では食べずに取り放題でパックに詰め放題で持ち帰るコースもある。私達が入った時に先にいた家族がプラスチックパックに苺を山盛りにしては運んでいるさいちゅう。
受付のおにいさんが「採った苺はできるだけ早く食べてくださいね」と説明している。
私たちは小さなプラスチックカップをひとつずつもらう。苺のヘタを入れるためのカップ
おにいさんの「では三十分スタート、どうぞー」という声とともに、ビニールハウスの中のイチゴエリアに侵入。
夫はどんどん奥へ奥へと歩いて行く。私は端の通りの手前のあたりにしゃがむ。ひたすらに採っては食べ採っては食べる。
朝ごはんを温泉まんじゅうだけにしていると苺もたくさん食べられるなあ、と、イチゴ狩りに来るなら食事抜きで来なくちゃなあ、と思いながら食べ続ける。
しばらくすると夫が「そこ、おいしい?」と声をかけてくる。夫は一度カップの中のヘタを受付のヘタ回収バケツに捨てに行くところらしい。
「ほら、こんなにいっぱい食べたよ」と私は自分のカップを見せる。「おお、すごいなあ。おれは一回捨ててくる」と夫は受付へ向かう。
ヘタカップを空にして夫がまた奥へと向かう。
「そこにもおいしいのいっぱいある?」
「うん、いっぱいあるよ」
「一本の枝に一個の実がついてるのがおいしい。房状になってるのよりも味が濃い」
「それにしても私達夫婦なのに、なんでこんな放牧された山羊か羊みたいにバラバラに離れ離れなんかな。もっと仲良く一緒に並んでもいでおいしいねっておはなししながら食べてもいいのに」
「みそきちどんさん奥まで一緒についてこんかったじゃん」
「どうやらくんもひとりでスタスタ奥に行って、全然私のこと振り返って見もしないし探しもせんかったじゃん」
「ま、いいじゃん、じゃ」
そう言って夫はまたハウスの奥の方へとぐんぐん歩く。
私はまたその場にしゃがんで地道に苺をもいで食べる。
そのとき食べ放題コースで苺狩りを始めたカップルが三分もしないうちに「もうだめ、これ以上食べられない」と諦めて出ていく。きっと彼らは朝ごはんをしっかり食べてきたんだろうね、と思う。
しばらくすると私も「もうだめ、これ以上食べられない」という気持ちになる。体中に苺の甘みと酸味と水分とビタミンが行き渡り身体は満足そうだけど、もうこれ以上食べるのは無理。
夫が「いっぱい食べたー」と言いながら近寄ってくる。
「うん、私ももうこれ以上はだめ」
「よう食べたなあ。どうやろう、苺の売ってるパック三パックくらいは食べたかな」
「うん、食べてると思う。四パック近いかも」
「千二百円だったらそれくらいは食べたいよなあ。宿の朝食なしにしといてよかったなあ」
「うん。これ宿の朝ごはん食べてたら無理。さっき若い男の人と女の人が入ってきたけど三分くらいで出ていったよ」
「じゃ、行きますか」
ヘタカップにいっぱいになったヘタを持って受付へ向かう。受付のおにいさんは「え、もうおしまいですか? 時間はまだありますよ」と言う。
「今で時間どれくらいなんですか?」
「どうかな、十五分か二十分にはなっていないくらいですかね。もう少し採って食べていってくださいよ、そうでないと僕が採って整理しないといけないんです」
「いや、もうお腹いっぱいです、ごちそうさまでした」
ビニールハウスを出て、車を駐めている場所にある建物の中のトイレで手を洗う。苺の力で身体がひんやりと冷える。
車に乗って、では狐の嫁入りの場所に行きましょうかね、とシートベルトをしめる。ああ、おなかが苺でいっぱい。