アンダルシア女神の報復

夫が借りてきたDVDで見た映画。「告白」に続いて二本目。ふたりで最初から最後まで見た。雷が鳴り雨が窓を打ちつける、自宅でのDVD日和。夫は山に行けない天候に「今日はDVDの日」と決めたのだとか。
映画が終わったところで夫が「これはいかんやろう。黒木メイサさん下手すぎるやろう」と不満を述べる。
「うーん、じゃあ、黒木メイサさんじゃなかったら誰だったらいいと思う?」
「うーん、誰だろうなあ」
その後天候が回復して食材の買い出しに出かける。売り場を歩く間も各自考える。帰りの車の中で「どう?あの映画の配役で黒木メイサさん以外の女優さん思いついた?」と夫に訊くと「ずっと考えてるけど出てこない。クールなかんじが必要な役どころだとは思うんだけど」と言う。
「まず条件を絞っていこうよ。年齢とか雰囲気とか。たとえばね、たとえばよ、中山美穂さんではお姉さんすぎるのかな?」
「あー、中山美穂さんでは年が上すぎかなあ。外交官黒田晋作が誘惑されて押し倒されるのが成り立つくらいの若さが必要かなあ。中山美穂では織田裕二と同世代っぽいじゃん」
「いや中山美穂さんと織田裕二さんは実際同世代ではないの?」
「実際同世代だと思う。それでは誘惑が成立せんかなあと思って」
「そういうものなんかなあ。それよりもね、外交官の黒田さんは晋作さんではなくて黒田康作ではないかと思うんだけど」
「ん?そういえば、晋作はちがうなあ。大作もちがうなあ」
「うん、なんかよくわからんけど、名前の音のイメージは映画ではけっこう重要な気がする」
「ほんとだ。康作だ。黒田康作」
「でね、中山美穂さんがキャスティングとしてダメだというのは、既婚のにおい、結婚歴があるにおい、がするところが、黒田さんがつい誘惑されて押し倒されるという展開における役柄に合致しないからじゃないかな」
「おお、それはそうかも」
「ということは、独身あるいは結婚歴のにおいがしない、というあたりが必要条件ということなんじゃないかと思うの」
「ふむふむ、たしかに、なるほど」
「でもね、だからといって、天海祐希さんでは、たしかに独身で結婚歴のにおいはしないかもしれなけど、前作アマルフィに出てるからというだけではなくて、お姉さんすぎるし、なによりもクールというよりは濃ゆいでしょ」
「ああー、天海祐希さんではダメだー」
「かといって、やはり結婚歴のにおいがしない真矢みきさんでもね、天海祐希さんよりはクールなかんじはあるとしても、別の作品で織田裕二さんと共演してすでにその関係性が成立している間柄だと今更誘惑して押し倒すのは無理があると思うのよ」
「ああー、真矢みきさんかー。あの二人が並ぶともう別の作品が思い浮かぶもんなあ。でも真矢みきさんならもう少し若い時なら役柄としてはいけるんじゃないかなー。路線としてはああいうかんじかなあ」
そう話しつつ、マンションの階段を上がって帰宅する。食材を冷蔵庫に片づけたり、アサリの砂抜きをしたりしながら引き続き考える。
「若ければいいというものでもないと思うのね。あの役、宮粼あおいさんでは全然お話にならないでしょ?」
「うわー、ダメだー、宮粼あおいさんでは、毛色が、路線が、違いすぎるー」
上野樹里さんも全然適役じゃないでしょー」
「ダメすぎー、上野さんじゃあお笑いになるやろうー」
「さっき見た松たか子さんでもね、クールという意味ではいけなくはないけど、黒木メイサさんに比べると存在感が濃ゆいというか、松たか子さんでは、おまえが黒幕だな、というかんじがすると思わん?」
「それは先に見た『告白』のイメージにとらわれすぎやろー。そうやなー、松たか子さんかー。うーん、いや、松さんならアンダルシアのあの役やってやれないことはない、か、なー。でももう少し若い必要があるような気がするなあ」
その後も何度か「どう?誰か思いつく?」と問うが夫は「ダメだあ、出てこないー」と言う。私たち夫婦は芸能情報には全然詳しくないから知っている女優さんが少ないこともこういう話題のときの困難度を上げるのかもしれない。
「あのね、こうして考えてぱぱっとこの人がいいんじゃないか、というのが出てこないということはね、映画を作る時にキャスティングする仕事の人はもっとたくさん考えてオーディションもいっぱいしての結果だと思うのよ、プロのキャスティング係の人が思いつかないようなことをそう簡単に素人の私達が思いつくのは難しいんじゃないかなあ」
「そうかなあ。そうなんかなあ」
昨夜はそこまで話して寝て、今日になって続きの話。
「クールで結婚歴のにおいがしなくて若くて濃ゆくなくて黒幕のにおいがしない人なんだけどね、真木よう子さんはどうだろう?」
真木よう子、だれ、それ?」
「えーと、ドラマSPに出てた女優さんなんだけど、真木よう子さんでもちょっとお姉さん年齢になっちゃうかなあ」
「ドラマSPって、時空警察のこと?」
「いや、SPはSPで、時空警察時空警察。でも、どうやらくんがわかんないなら、いいや。じゃあね、本仮屋ユイカさんはどうかな。若いでしょ、どちらかというとクールな方面でしょ、濃ゆくなくて、結婚歴のにおいがしなくて、黒幕のにおいもしないよ」
「ああー、本仮屋ユイカさんかー」
「うん、貫地谷しほりさんではね、濃ゆいと思うのよ。貫地谷しほりさんではクールというよりも情熱的な風味がする気がするの」
貫地谷しほりでは、濃ゆいとかいうよりも、路線が違うんだってば。うーん、本仮屋ユイカかー。年齢的にはいけると思うんだけど、何かが足りない気がするんだよなあ。ああ、そうだ、本仮屋ユイカではダークなかんじが足りん!」
「ああー、ダークねえ、ダークかあ。うーん、じゃあねえ、結婚歴のにおいはするし、今はもうお姉さんになりすぎてるけど、ひと昔前の小雪さんはどうだろう?」
「ああ、小雪さんは、なんかそういう役柄やってた気がするぞ。どこで見たのかなあ。あっ、探偵はバーにいる、で、そういうクールでダークな役柄やってた。うん、ひと昔前の小雪さんならいいんじゃないかな」
「これまでの話を総合すると、どうやらくんがあの役柄にぴったりと思う年齢的な条件としては二十代半ばということなんじゃないかなあ。若いといってもただ単に若ければいいというわけではなくて、学生ではだめだし、新卒のペーペーでもダメだと思うん。勤労経験が数年はあってそれなりにキャリアがあるけどまだすごくキャリアを積んでいるわけではない年代の人ってことじゃないかなあ」
「うーん、25歳前後なんかなあ。新卒で仕事して数年から5年前後なかんじかなあ。30歳超えるとあの役には年上すぎるかんじがするなあ」
「で、顔の作りや存在感が濃ゆすぎなくて、情熱的というよりはクールで、結婚歴のにおいがしない、ダークサイドも醸そうと思えば醸せる、という条件だったら、杏さんはどうだろう?」
「だれ、それ?」
「ほら、今の大河ドラマ北条政子さんしてる人」
「ああっ、妖怪人間ベムベラベロのベラやな!あの映画の配役はすばらしい。よくあんなに妖怪人間っぽい俳優さんたちを揃えたなあと感心する。あの女優さんはおれの中では妖怪人間ベラが当たり役すぎて、他の役柄は思い描けん」
芸能情報に詳しくない私たち夫婦が24時間以上かけて考えても『アンダルシア女神の報復』の黒木メイサさんが演じた役に関して黒木メイサさんよりもあの役柄にもっとぴったりだという女優さんをどうにもこうにも思いつかないということは、あの映画撮影時においては黒木メイサさんが適役だったということなんじゃないかなあ。
ちなみにこの映画の中で黒木メイサさんは髪の毛がわさわさと長い状態で現場の捏造を行うのだが、私が「そんな長い髪の毛そのままでそんなことしたら、抜け毛が落ちるでしょ、科学捜査の人が見ればすぐにそこにあなたがいたことがわかるでしょ、そういう作業をするときには、せめて髪の毛を結んだほうがいいんじゃないかな」と言ったら、夫が「科学捜査が入ったら髪の毛以外のものでもすぐにわかるやろ。でもなんか、みそきちがいっつも見てるCSIみたいな科学捜査は入ってなかったな」と言う。
映画の中での彼女はすぐにその現場にいたことが髪の毛とは関係なく明らかになる。そういうお話の展開であったから、現場捏造の過程で彼女が髪の毛を下ろしたままでいるか髪の毛が現場に残りにくいように髪をきっちり結ぶかどうかはあの場面においては重要ではないということだったんだなあ。