煎餅のオムレツとローマ字

両親が旅先の雲仙温泉で買ってきてくれた「雲仙湯煎餅」。かつて雲仙で湯治をなさったお殿様が、この地のお湯をたいそうお気に召され、ぜひともこの湯で煎餅を作るのがよかろうと、助言をくださったことが発端となり、この煎餅開発プロジェクトが始まり、このような煎餅を世に提供するに至りました、という意味の説明が箱に書いてあった。
見た目と味は、有馬温泉の温泉煎餅とたいへんよく似ている。
そのままパリパリと食べても素朴な味でおいしいのだが、なんとなくこの温泉煎餅でフレンチトースト風のものを作って食べよう、と思いつく。ちょうどお昼時でもあることだし。
溶き卵に煎餅をパリパリと割り入れて混ぜる。フライパンで油を温めてから平べったく広げて焼く。全体がふんわりと焼きあがったら、お皿にとる。今回はクレープっぽく食べてみましょう、ということにして、練乳と粉砂糖をかけてみた。
食べてみて、まあ、これはこれで面白いかな、とは思うものの、フレンチトースト風としてはフレンチトーストのほうが圧倒的においしい。卵のオムレツなり玉子焼きだとしても、それならそれで、煎餅が入っていないほうがおいしい。そういうわけで、この煎餅は煎餅のままで食べるほうがやはりおいしいようだ、という結論に至る。そして、残りの雲仙湯煎餅を、ぱりんぱりり、と食べる。
ちなみに、この「雲仙湯煎餅」には、煎餅の両面に文字が入れてある。型に流しこんで焼くときに、その文字が浮き上がるような焼き型を使っているのだろうな。その文字の片面は「雲仙湯煎餅」で、もう片面は大文字のアルファベットで「YUSEMPEI」と書いてある。
日本語の語彙をローマ字表記するときに、「ん」の音が「N(舌が上の歯の裏側や上顎の前の方に接触するときの音)」でなくても「N」で表記されることについて、わたしの脳はよく憤慨するのだけれど、今回の「YUSEMPEI」は、ちゃんとPで唇が閉じる前の「ん」の音は唇が閉じたときの音「M」にしてあるのが好ましく感じる。ついでに言うと、大阪の「なんば駅」の「なんば(難波)」の表記も「NAMBA」になっているのが好き。Bの前の唇の形は閉じているから、その前の「ん」は「M」なのだ。
「YUSEMPEI」で興味深いのは、センベイの「ベイ」の音が「BEI」ではなく「PEI」で表されていること。センベイを漢字で書くと「煎餅」で、同じ「餅」の字を用いる「月餅」は「ゲッペイ」と読む。ということは、「餅」の字の音は、もともとは、BEIとPEIの間くらいの音であり、「煎餅」のように「餅」の前にくる音が「ん」であればそれに連動してBに近い発音になり、「月餅」のように「餅」の前にくる音が「げつ」の「つ」が拗音化して「っ」になるとそれに連動してPに近い発音になるということなのかも。それぞれにそのほうが口や鼻や喉の筋肉や事情的に発音がラクだから、そうやってリエーゾンすることにしたんだろうなあ。
「ん」については、個人的には、実際の発音時の唇や舌や形に応じて「N」「M」「NG」を文字として使い分けたい欲望があるが、現在使う日本の文字「ん」「ン」ではそれは難しいから、ひらがな、カタカナでは求めない。が、ローマ字で書くときには、ついつい勝手に求めては、「ちゃうやろー。そこはNじゃなくて、Mやろー」とか「そこはNじゃなくて、NGじゃん」と一人で憤慨して地団駄を踏む自分の脳に疲れる。
例えば、Nで書いていいのは「天王寺(TENNOUJI、TENNOJI)(長音表記について思うところはまた別途)」、「なんば(NAMBA)」はM、「鈍行列車」の「鈍行(DONGKOU)」はNG。
この舌や唇の形に応じるこだわりが脳で強く自己主張すると、キーボードのローマ字入力時にも、「なんば」を入れるときに画面表示が「なmば」になっては、くうー、ちがったー、と入力しなおす一瞬の手間と必要が生じて不便なこともあるので、わたしの脳にはそのへんの加減の折り合いをけて、日本語ローマ字キーボード入力時には「ん」はすべて「n」という規則にのっとる方向でがんばってもらいたい。