咲花温泉と帛乙女

五月一日。北陸自動車道を北上する。この日の宿泊地は、新潟県の咲花温泉。約400kmの移動。阿賀野川を渡ったところにある温泉地。
阿賀野川の川の水は緑色で、咲花温泉のお湯の色も緑色。咲き終わった桜がひらりひらりと舞う。
この温泉の近くには、ヤスダヨーグルトを作る乳業会社があるらしく、夕食にはヤスダのミルクで作ったミルク豆腐が供される。ヤスダヨーグルトはわたしの大好きなヨーグルトのひとつなのだけど、味も値段も少し上等だから、ときどき奮発して味わう少し特別なヨーグルト。
食事に関しては、事前に、ネギタマネギニラニンニクを外してもらえるようにお願いしてみたところ、あっけないほどに完全に対応してもらえた。山菜の天麩羅やおひたしがおいしい。この地方の名産である「帛乙女(きぬおとめ)」という品種のサトイモを使った料理もおいしい。サトイモ好きのわたしがそのサトイモをあまりにも賞賛していたところ、食事を運んでくださる方が、それならぜひサトイモの旬の冬にまた来て「のっぺ」を食べてください、と教えてくださる。のっぺとは、新潟県ではどの家庭でもお正月料理には欠かせない汁の多めの具沢山の煮物で、お雑煮やおせちとは別の料理。その「のっぺ」には、この帛乙女をたくさん入れるのです、とのこと。
三月の地震の時には、この地方も大きな揺れがあったものの、その後の生活や宿の営業に支障が出るようなことはなく、地震の被害としては、数年前の「新潟中越沖地震」のときのほうがよほど大きかった、ということで、あのときには、余震で揺れる前にかならず地面が「ごおおおおおっ」と地鳴りのような音をたてていたその音が非常に恐ろしく、今でもこわい、とおっしゃる。
夕食の後は、テレビで「江さん」と「仁さん」を見る。夜九時四十五分から、貸切露天風呂の予定が入っていた(順番の空き時間がちょうどそこだったから)ため、九時五十分頃にフロントから「貸切露天のお時間ですが」と電話が入る。「もう五分か十分後に行きます」と伝えてドラマの続きを見る。テレビ自体が古いブラウン管タイプで、アナログ放送だからなのか、「江さん」も「仁さん」も、デジタルテレビに買い変えるのを促すために、こんなにひどく見づらい画像にしてあるのか、と思うほどの画像の粗さ。デジタルテレビを見慣れたから、ということだけではない見づらさに、これは、自分の目のほうの問題かもしれない、と思い、暗いところではっきりと見たいものを見るために作った弱い近視用メガネをかけてみるが、画面の粗さは改善せず、自分の目の問題ではなくてやはりテレビの問題だと判断して、粗い画面でドラマを見る。
十時前にフロントに降りて、貸し切り露天風呂の鍵を受け取り露天風呂へ。露天風呂に通じる廊下の扉には、「虫が入りますから、しっかりと閉めてください」との注意書きがある。廊下を進んで入る浴室の扉にも同じ注意書き。脱衣所から洗い場に入る扉にもまた同じ注意書き。そして洗い場から外の露天に出る扉にも同じ注意書きが。露天自体は、気候的に暑くもなく寒くもなく湯加減もちょうどよく、桜の花びらがひらりひらりと舞っては湯船に入る様が美しく、非常に満足するものの、洗い場のある建物の壁の外の両側に殺虫プレートが吊るしてある。夫と「これだけ、殺虫プレートが吊るしてあって、あれだけ注意書きがしてあるということは、虫の時期には、とんでもなく虫が飛ぶんだろうねえ、何の虫だろうねえ」「蚊とアブやろう。来たのがこの時期で正解かも」と話す。
お風呂から上がったら、部屋の冷蔵庫で冷やしておいた持参の炭酸水を飲む。おいしい。
明日はどこに行こうかねえ、と、相談しながら、考えながら、眠る。