西山温泉に泊まろう

五月三日午後。地鶏でお腹いっぱいになり、西山温泉を目指す。春だなあ、という暖かな気候。西山温泉の「せいざん荘」という日帰り入浴施設の駐車場にとりあえず車を停めて、今夜の宿が空いているかどうか訊いてみることに。せいざん荘のフロントで近隣宿泊施設一覧をもらい、車の中から携帯電話をかけてみる。
一軒目は満館で、二軒目は「ちょうど先ほど、一部屋キャンセルが出てお部屋が空いたところなんですが、よろしければどうぞ」と案内してくださるから、ではでは一泊二食付き大人二名でよろしくどうぞ」とお願いする。宿の方が「何時頃おいでになられますか」と訊いてくださったのが一時半頃。「実は、もう、せいざん荘の駐車場まで来てるんです。チェックインは何時からできますか」と訊くと、「まあまあ、それでは、チェックインは三時からなんですけれど、二時半頃にはお入りいただいても大丈夫なように支度しておきますので、早めにいらしてください」と言ってくださる。
まだ一時間くらいあるね、どうしようか、車の中でお昼寝しようか、と相談しながら、うららかな春の気候の中でぼおっとしていると、せいざん荘の中から大量の喪服の年配の方たちの集団が出てくる。みなさん、いかにも法事を終えたところです、という出で立ち。そういえば、去年山形に行ったときにも、泊まった旅館でも、その近所の旅館でも、法事風の喪服の人たちがたくさんいらしたなあ。東北では五月の上旬に法事または法事に類似した催し物を行う文化があるのかなあ、と話す。
せいざん荘でもらった資料を見ると、そこから車で十五分くらいかなと思う距離のところの山の中に仏像があるらしい。ここに行って帰って来たら、ちょうど二時半くらいになるんじゃないかな、ということで、そこを目指す。川沿いの道をぐんぐんと山の中へ山の中へと入ってゆく。集落沿いの道端では、おばあさんが山菜をゴザにひろげて乾燥する作業をしていらっしゃる。
まだかなあ、まだかなあ、と言いながら、たどり着いて、車を停める。仏像がたくさんあるらしい内容の案内図の前まで来て、「わたしはここで待ってる」と言う。夫はひとりで山の坂道をてくてくと登ってゆく。わたしはすぐそこにある湧き水の柄杓ですくって手を洗ったりうがいをしたりして水遊びしてから、その日に宿に持って入る荷物をひとつにまとめる作業を行う。
しばらくすると夫が山からおりてきて、「みそきち、行かなくて、正解。おれも半分しか見ずに帰ってきた」と言う。山の中の山道に沿って、小さな仏様が置いてあり、全部で何十何体だかあるそうだ。
来た道を戻って、予約した宿に向かう。しかし、どこかで道を間違えたらしく、目印にしていた「山菜をゴザの上でお世話をするおばあさん」が見当たらない。「うにゃにゃ、おかしいなあ、山菜のおばあさんの目印がない」と言うと、夫が「おばあさんは動いただけかもしれんけど、これは明らかに来たときには通っていない道だから、引き返そう」と言う。それで引き返してしばらくすると、目印にしていた山菜をお世話するおばあさんがやはりゴザの上で山菜のお世話を続けてらして、その横をゆっくりと走行して、本来戻るべき道のある交差点に辿り着く。
宿は川沿いの「滝の湯」さん。玄関に「日本秘湯を守る会」の提灯がかかっている。夫が「へえ、ここ秘湯を守る会なんだ」と少し喜ぶ。チェックインするときに宿の方が「秘湯のスタンプ集めていらっしゃいますか」と訊かれる。夫は「以前、何度か挑戦して、一冊で三つくらいまでは集めたんですが、期限内に集めきれなくて、それっきりです」と答える。宿の人は「では、また新たな気持で集めてください。うちのスタンプを押してあるスタンプ帳をお二人分お渡ししておきますね」と渡してくださる。
では、お部屋にご案内しますね、と、誘導してくださるときに、「あの、可能な範囲でお願いできたら、でいいんですけれど、食事で、ネギ、タマネギ、ニラ、ニンニク、を使わないようにしてもらえると助かります」とお願いすると、「ということは、アサツキも行者ニンニクもだめ、ということですよね」と確認してくださる。「はい、そうです」と答えると、「みそ汁の薬味のネギも、エキスが出るだけでもだめですよね」とさらに確認してくださるから、「そのとおりです」と答える。「では、汁物は、ネギを入れる前につぐようにして、もし、山菜料理にそれらが使ってあるときには、お料理の内容を説明するようにしますから、残してくださるか、お連れの方(夫)に召し上がっていただいても。できるだけ使わずに作るよう、厨房に伝えておきます」と、五葷に関してたいへんスジのよい対応をしてくださる。
部屋に入って、わたしが荷物を解いている間に、夫は男湯に入りに行く。ここは男湯と女湯と、混浴の露天風呂があり、男湯と女湯は源泉のお湯が異なっていて夜七時に入れ替わる。混浴露天風呂は、夜七時から九時の間の二時間だけ女性専用になる。夫がお風呂から帰ってきてから、わたしは女湯に入りに行く。
部屋に戻って、男湯のほうは肌がぬるっとするかんじのお湯だった、女湯はどちらかというときゅるきゅるするかんじのお湯だった、と情報交換したあと、夫は畳に寝転んで、座布団を二つ折りにして枕にして、昼寝をする。
私もお昼寝がしたいけれど、きちんとお布団を敷いて寝たい気分だったから、押入れを開けてお布団を見る。お布団はあるけどシーツと枕カバーがなかったから、フロントに行って「お昼寝でお布団を使いたいので、シーツと枕カバーをください」とお願いする。シーツと枕カバーを二枚ずつもらって、そのうち一枚ずつを自分用にして、お布団を敷いて枕に頭をのせて、寝る。四時から六時ころまで、ぐっすりと眠る。ここのお布団はいい。敷き布団は適度な厚みで身体をしっかりと支えてくれ、掛ふとんはふんわりかんわりとやわらかくて温かい。今宵の睡眠は期待ができそうでうれしい。
寝ていたお布団を押入れに片付けて、夕ごはん(お部屋でお膳で出される)を迎える準備をする。夫が「みそきちどんさん、よく寝てたなあ」と言い、わたしは「どうやらくんもよく寝てたよ」と言う。眠りの足りた人間は穏やかだ。旅先での充実したお昼寝は夫婦円満の促進剤かも。