裸ん坊で浴衣をはおる

五月三日夜。西山温泉での夕食は、自室にお膳で供される。場所柄メニューはやはり山菜中心で、旅行前に「今回の旅行では山菜をいっぱい食べたいね」と話していたのが成就しまくり。お昼に地鶏を食べたばかりだけど、「会津地鶏も食べたいね」と話していたのがここでも成就して、膳の上で焼いて食べる地鶏も出てくる。食材からは見事に五葷が抜いてあり、すべての料理を安心して完食。
食事を終えて少ししてから、わたしは女性専用時間になっている露天風呂に入りに行く。夫から「露天は桜が満開なのがきれいだったよ」と聞いていたとおり、ちょうど桜が満開。お湯は夕方に入った女湯のお湯「荒湯」のお湯とは異なる「滝の湯」。少しぬるりとしていて、肌がしっとりとする。ただし、気温が低くなった時間帯だからなのか、お湯がぬるい。寒くて温まらない。露天の岩風呂の岩に手のひらと足の裏をくっつけて放電に満足してあがって身体をふいて旅館の浴衣を下着なしでじかにはおる。そのまま露天風呂から内湯に移動して、浴衣を脱ぐだけで裸ん坊になりお湯に入る。
内湯は、夕方は男湯だった「滝の湯」でお湯は露天と同じもの。この時間帯から女湯になる。内湯は露天と違ってお湯が壁に守られているから湯温の低下が少ないようで、十分にあたたかくて、ほっとする。お湯はやはり少しぬるりとして、肌がしっとりとすることを、今度は温まった身体でじっくりと味わう。
お風呂から上がって部屋に戻り、縁側の椅子に座って、川からの風を浴びる。
「そういえばね、この階のトイレ(フロアで共用)のとなりの部屋に泊まっとってのおじいさんとおばあさんのおばあさんのほうがね、すっごくおばあさんらしくて、夕方お風呂から上がってから階段を登ってきたときに、階段を登り切ったところで力尽きてしゃがみこんでいるおばあさんをおじいさんが手助けして起こしてあげてるのを見たよ」
「お年寄りに二階の部屋はきついかもしれんなあ。おれが男湯で一緒になったおじさんは、被災地から避難してきてここに長期滞在してるって言ってた」
「昨日泊まった大塩温泉は、避難してくる人もいないくらい、ちょっと秘境じゃったんかもしれんね。寒かったもん」
夜は快適なお布団で眠る。夕方お昼寝をしたこともあり、そして眠りが深かったこともあり、深夜に一度すっきりと目が覚める。縁側の椅子に座って、炭酸水を少し飲む。睡眠中はいつもしている耳栓を外して、川の音を聴く。遠くの街灯(おそらくここの温泉街から町に続く一般道につながる道路に設置されているもの)の明かりをぼんやりと眺める。温泉のお湯でつるつるになった自分の皮膚をすべすべとなでる。
しばらくそうしていたら、また身体がひんやりとしてきて、眠気がやってくるから、するりとお布団にもぐりこむ。ふたたび耳栓を装着して、夫のいびきと川の音が遮断される。そうするといつものように、自分の血流音と筋収縮音が聞こえてくる。それらの音があまり聞こえない体勢を工夫する。その体勢がそのときの自分にとってちょうどよく弛緩して眠りに適した体勢。