獅子に頭を噛んでもらう

五月四日朝。ゆっくりと自分の身体に戻ってくるような感覚で少しずつ目覚める。起きて、うがいをして顔を洗う。ここの宿のすばらしいところは、部屋に備え付けのお湯が、保温ポットでも湯沸かしポットでもなく電気ケトルであること。その都度自分で水道水を汲んで、沸かしたてのお湯を思う存分使えるのは、わたしのとっては大きな快適。その電気ケトルでお湯を沸かして、たっぷりの豆乳紅茶を飲み干す。毎日のサプリメントも飲む。それから一階の広間におりて、朝ごはんをいただく。朝食でも五葷は完全に外してあり、他の人と同じ広間にいても五葷臭が服や髪につくこともない。
これまでいろんな宿泊施設で、食事の五葷抜きリクエストをしてきたけれど、今回の東北旅行では、どこでも気軽に円滑にかつほぼ完璧に要望に応えてもらえるのがとてつもなくありがたい。
食事を終えて部屋に帰って、縁側の椅子に腰掛けて歯磨きをする。館内の喫煙場所で煙草をすって帰ってきた夫が「獅子舞がくるらしいよ。各旅館の玄関まで来てやってくれるんだって。見に行こうよ」と言う。「いいや。わたしは歯磨きしながら川を眺めたいから、ここから音だけ聴くことにする」と応えて夫に手を振る。
しばらくすると玄関の方から、太鼓のような音が聞こえてくる。自分の歯磨きのしゃこしゃこという音と、川の水がさわさわと流れる音と、獅子舞のお囃しの音との混在が心地良い。
夫はなんとなくニコニコとして部屋に戻ってくる。
「お客さんたち、たくさん見に来てはった?」
「どうかな。宿泊客の半分くらいかな。けっこう立派だった。一軒一軒回ってきてくれるらしい。おれも獅子に頭をかぷって噛んでもらって厄払いしてもらった」
「それはよかったね。今日は少し便利なところで薬を買い揃えたいから、町に向けていきましょう」
「じゃ。会津若松市にしよう」
「久しぶりだね。前に来たときは、鶴ヶ岡城と飯盛山の白虎隊の資料を見ただけで通り過ぎた町だけど、今回は泊まってみよう。ガイドブックのここに載ってる焼き物のマグカップというかビアジョッキを買いたいの。豆乳紅茶を飲むとき用に。今使ってるのは、もう取っ手が壊れて使いにくいから、新しいのがほしかったんだ」
そんな話をしながら、ゆうるりと荷物を詰めて、チェックアウトする。なんだかいっきに春が進んで、温かいが暑いに変わりそうなお天気の良さ。
「なんかさ。そろそろ、果物をたっぷり食べたくなってきたと思わん?」
「そうかな。昨日の夜も食べたじゃん」
「オレンジ三切れでしょ。もっとたっぷり食べたいから、会津若松に行く前に、ここのいちご園でいちご狩りはどう?」
「あ、それ、いい。すごくいい。賛成」
というわけで、まずはイチゴを目指して出発。