あわソフトクリームとイチゴ園

五月四日午前中。西山温泉の宿をチェックアウトしてから、会津若松市に向かう道中に位置するイチゴ園に行く途中で、休憩施設に立ち寄る。お天気もよいし少し暑いしソフトクリームを食べたいな、と思っていたから、売店で販売されている粟(あわ)ソフトクリームを購入。お店の人に「この上にのってるつぶつぶしてるのが粟ですよね」と訊くと、「はい。それも粟ですし、クリームの中にも粟のペーストにしたのを混ぜ込んであるんですよ」と教えてくださる。
売店に入る前には、売店の隣にある版画の展示会場に夫は興味を示していたが、粟アイスを食べ終える頃には、版画はどうでもよくなったらしく、「さあ、イチゴ園、イチゴ園」と言う。「どうやらくん、版画は?」と訊くと、「うん、もういい。イチゴのほうが今は大切」とのこと。
念のため、ナビにイチゴ園(フルーツランド。季節によって果物の内容は異なる)の電話番号を入力する。さらに念のため、その電話番号に電話して、これからそちらで果物狩りをしたいのだけど、今の季節は何の果物ですか、ということと、予約が必要ですか、ということを質問する。電話に出てくださった方は、「今の季節はイチゴなんですよ。おふたり様ですか、でしたら、特別予約なしで直接来てくださって大丈夫です。もしかするとガイドブックなどに載っている電話番号でナビを設定されますと、イチゴ園のほうではなくて、和菓子体験工房のほうに案内してしまうみたいですから、これから申し上げる電話番号に入力しなおしてください」と新しい番号を教えてくださる。そして、「近くまで来られると、小学校がありますから、小学校に向かって左へまっすぐ来てもらうと、うちのイチゴ園になります。もし迷われて電話で確認くださるときにも、今入力してもらった電話番号にかけてきてください」とのこと。
ナビの案内に従って走行する。初めての町の初めての道。小学校らしき建物が見えたあたりで、夫が「小学校からどこに向かえって言われたのか」「小学校からイチゴ園までの距離はどのくらいなのか」などとわたしに質問を浴びせる。「そんなん、わたしも初めての町で、わからんし知らんがな、行ってみたらそのうちそれっぽいものが出てくるよ」と言うのだけれど、イチゴ欲にまみれた男はうるさい。
そうこうしているうちにハウス栽培のビニールハウス群が現れる。ほらね、無事に着いたでしょ。
駐車場に車を停めて、隣に立つハウスの中でいちご狩りの受付をしてもらう。受付のおばあさんは、わたしたちの車を見て「福井からいらっしゃったんですか」と訊かれる」「はい」と応えると、「まあ、まあ、そんな遠くから、わざわざ来てくださってありがとうございます。震災の影響で今年はお客さんがすごく少なくて、いつもなら観光バスが何台も乗り付けてくる時期なのに、それも全部キャンセルになったんですよ。そんな中で来ていただけると、ほんとうにうれしいですねえ」と話される。
地震の時は被害は大丈夫だったんですか?」
「揺れたのは、やはり、かなり揺れて、家の蔵の屋根瓦は落ちるわ、壁も剥がれ落ちるわだったんですが、その修理も、もう少し余震がおさまってからのほうがいい、いうて、修理屋さんが言われまして、そのままにしてるんです」
「ああ、それはたいへんだったんですねえ。ご無事でなによりでした」
「家族が全員無事だったのは助かったんですが、福島県産というだけでだめだから、ということで、今年は菜っ葉(かき菜、ナバナ、のことか)の出荷ができなくて、菜の花は全部咲かせ放題になったんですよ。だめじゃないのに、地元の人間はみんないつもどおりに食べてるのに」
「残念でもったいないですねえ」
受付でひとり八百円か八百五十円かを支払う。実際にイチゴを採って食べるハウスはこの受付があるハウスとは別の所。おばあさんが別のハウスに誘導してくださると、ビニールハウスの中から少し若い女性の方が出てこられて、おばあさんはその女性に「こちらのお客様の案内をして」と引き継がれる。その女性の方は、先程の電話の対応をしてくださった方のよう。
女性の案内でハウスの中に入る。「今の場所だと、もう、イチゴがあまりないですから、新しいエリアを開けますね。わたしがカーテンを開いたところまでのエリアでしたら、採り放題食べ放題ですから、しっかり食べてください」と言いながらカーテンを奥の方へ引っ張ってくださる。
わたしたちは女性のあとについて、カーテン間際の一番奥まで歩いていく。女性が「今の時期は、一回目のイチゴがなり終わって、次のイチゴの花が咲いて新しい実がなるまでの間の時期なものですから、少し少なめなんですけれど、ごめんなさいね」と言われる。「いえいえ十分です」と言いながら、イチゴをもいでは口に入れる。
女性が「あ、そこにも、そこにも、いいイチゴがありますよ。あ、ほら、ここにも。見落とさずに採って食べてください」と数個もいでわたしに渡してくださる。「やっぱり見慣れている方は、見つけるのが上手なんですね」と感心しながら、イチゴをほおばる。夫は別の列のイチゴを採って食べる。
女性の方がそばを歩きながら、震災の影響の話や、冬の雪でハウスがつぶれたのを建て直す話など、聞かせてくださる。最初は「うう、それは、たいへんですねえ」「雪は重いですからねえ」などと相槌を打っていたのだが、自分でイチゴを見つけるのが上手になるにつれて、イチゴを口に運ぶペースが早くなり、相槌のために口を開く余裕がなくなる。避難所あるいは自宅のある土地とは別の地域に避難する必要があるような人たちはもちろんなのだろうけれど、被災の規模が大きかったわけではなくても、こうして怖くて心細い思いを今なおかかえている人たちも発露の機会が必要なのだろうと思う。だがしかし、イチゴ欲にまみれた人間の傾聴能力はさして高くないものだから、イチゴを咀嚼しながらただ首を縦に振って「うんうん」とはうなづくのだけれども、地元の人の発露された気持ちをいったん受けとめて天に還すことを促すには、あまりにも役に立たない。
しかし、わたしたちは、ただの旅人で、ただのイチゴ狩りの客で、彼女たちのメンタルヘルスケアを担う役割にあるわけではないのだから、わたしたちがなすべきことはイチゴを堪能することのはずで、だからイチゴをぱくぱく食べる。そうしていたら、また別のお客さんたちが新しく来園されて、イチゴ園の女性の方はその人たちの案内に移動されて話は終わる。
その後もイチゴをもいでは食べを繰り返して、お腹がくちくなる。ああ、おいしかったねえ、ビタミンCたっぷりな身体になったねえ、と言いながら、イチゴハウスを出て、タンクの蛇口から水を出して手を洗う。
女性の方とおばあさんに「ごちそうさまでした。おいしかったです」と手を合わせる。園の方たちは「ありがとうございましたー」と言われ、また別の新たに来園したお客さんの対応で忙しそう。
福島県内の宿泊施設などでテレビで見る地元のニュース番組では、今年は観光地を訪れる「団体旅行客」が少ない、と報道する。県外からの個人旅行客はそれなりに来ていて賑わいもあるのだけれど、ツアーバスがほぼまったくない、といのこと。数の大きな観光客の消費活動を期待する観光地としては痛手かもしれないけれど、旅行を催行する旅行会社や、バスを運行するバス会社などの立場としては、旅行中に余震でなにかあったときのことなどを想定するとその後の補償問題も含めて、催行そのものをやめておこうか、ということになるのは商いとしていたしかたがない部分なのかなあ、という気もする。
なにはともあれ、イチゴで満腹。会津若松を目指そう。