沼沢湖と妖精たち

旅記録が前後するが、五月三日の記録追加。大塩温泉を出発して、地鶏でお腹いっぱいになったあと、そういえば沼沢湖に立ち寄ったことを思い出した。沼沢湖は、大塩温泉の夕ごはんに供されたヒメマスが生息する湖。
運転をする立場としては、できるだけ素直な公道を経由して行きたいのだが、我が家のナビさんをわたしたちが使いこなしていないせいもあり、一応公道なのかもしれないが、怪しい険しい山道に案内されることがよくある。今回もその怪しい険しい山道に案内され「遠回りでもいいから、ふつうの道が通りたいです」と泣き言を言いながら進む。
沼沢湖の湖畔では、釣りをしている人がいたり、寒いだろうにキャンプサイトでキャンプをしている人たちも。ほう、ここが沼沢湖か、と、沼沢湖に満足して、ついでだから近隣施設の「妖精美術館」に立ち寄ろう、ということに。
妖精美術館のお客さんは、まばら。わたしはまずお手洗いを借りる。珍しく便器(便座)も洗面台も黒色。それから、展示物を見て回り、テレビで沼沢湖の伝説を視聴する。
妖精、といっても、その守備範囲は広い。ピーターパンに出てくるティンカーベルのような軽やかなものから、ゴブリンなどヨーロッパの重めの「妖精」というよりは「妖怪」だろうというようなものまで、内容はさまざま。わたしが「妖精、といっても、今さっきのテレビでは、河童の話もしてたし、妖怪との境界はあいまいなものなんだね」と言うと、夫が「河童は英語だとウォーターニンフ(水の妖精)だからなあ」と言う。
わたしがゆっくりと館内全体を見て、ふたたびトイレを借りて、一階におりてゆくと、夫が美術館の受付の人と話している。
「どうして、また、この沼沢湖畔に妖精美術館ができたんですか」
「館内に多く展示してある資料の持ち主の方は、もうだいぶんご高齢の女性なんですが、せっかくの資料を展示できるところがあるといいなあ、というのと、地元の町おこしで観光施設をつくろう、ということになったときに、沼沢湖には昔から妖精といいますか妖怪といいますか、そういう存在の伝説があることだし、妖精でいこう、ということになりまして、この美術館を作ったんです」
「ほう。資料の持ち主の女性の人は、なにか、こちらの地方にゆかりのある方なんですか」
「いえ、そういうわけでもないんです」
「そうなんですか」
「妖精といいましても、展示物をご覧になってわかるように、水木しげるさんの描かれるような妖怪的なものも含めての妖精でいいじゃないか、ということで、いろんなものが展示してあるんです」
「たしかに、ケルト好きにはたまらないかもしれないかんじのものもいろいろありましたけれど、全体的に一般的な妖精のイメージにとどまってないですよね」
「妖精、という言葉自体が、わりと近年になって作られた言葉らしくて、ここの美術館では、人間以外の少し不思議な力を持つ生きものたち、というくくりで妖精と言ってます。例年であれば、この時期にはもう常設展とは別に、あちらの角に飾ってあるような人形作家さんの作品の特別展示を行うんですが、今年は、雪が解けるのが遅くて、ここもようやく開館したところで特別展はもう少し先なんです。ここは冬の間は雪に埋もれるんで閉めてしまうんですよ」
ここでわたしが「ああ、なるほど、こういう施設は、人形作家さんの発表の場でもあるんですねえ」と納得する。
なんとなく通りすがりに立ち寄った妖精美術館だけど、わたしはトイレを二回借りたし、思いの外充実した時間であったなあ。