熱塩温泉チャコールバーデン

五月五日、喜多方から熱塩温泉に向かい、午後二時過ぎに宿に到着。この宿には、以前(六年か七年くらい前)福島に旅行に来たときに、通りすがりに思いついて宿泊したことがある。というわけで、二度目の宿泊。
今回は、自宅にいるときにインターネットのホームページを見て、web予約をしようとしたところ、満室のためお受けできません、とメールの返事が届いた。が、web上の空室は「あり」になっているから、電話をかけてみましょうかね、ということにして電話をかけたら、「小さい方のお部屋でしたらご用意できます」とのこと。「では、それでお願いします」と予約をして、料金を聞きメモを取る。
いったん電話を切ってから、ホームページを見ていたら、電話で聞いた料金が、ホームページに表示してある料金よりも千円程度高いことに気づく。そこでもう一度電話して、宿泊料金の確認をしたところ、旅館の方でもホームページを確認してくださり、ホームページでの表示料金での宿泊予約となった。
そして当日、チェックインした直後は、まず、ロビーのソファでお茶とお菓子(黒炭かりんとう)をふるまわれる。しばらくすると、部屋に案内してくださる女性スタッフが来られて、歩いて、エレベータに乗って、また歩いて、エレベータに乗って、歩いて、予約の部屋に案内してくださる。
「ようこそおいでくださいました」と、あらためて部屋でお迎えのご挨拶をくださったときに、「お客様は、本日、こちらのお部屋を一万ニ千円でご利用くださるご予約でしたが、もしよろしければ、他のお客様のキャンセルで、広いお部屋に空室ができております。お一人様千五百円の追加でグレードアップしていただけますが、いかがでしょうか」と勧めてくださる。
しかし、「せまい部屋」とはいっても、わたしたち夫婦ふたりの身体サイズには十分な広さ。畳は十枚敷いてあるが、一枚あたりのサイズが若干小さめだから、実際の部屋の広さは八畳から九畳というところだろうか。どちらにしても十分だ。
「いえ、こちらのお部屋でお願いします」とお願いして、簡単な説明を受ける。以前も泊まったことがあるから、だいたいのことはわかっていて、説明を聞くのは復習と確認というかんじ。
荷物をほどいて、お茶を飲んで、冷蔵庫に炭酸水を入れて冷やして、午前中に購入した田七人参を飲んだあと、荊防敗毒散をお湯に溶く。それを持参の使い捨てプラスチックスプーンで歯茎の痛いところに塗っては少しずつ飲み込む作業を繰り返す。荊防敗毒散はそのまま飲んでもわりとおいしかったが、練って塗ってもわりとおいしい。
薬を飲み終えてから、浴衣に着替えて、大浴場に行く。そのまえにフロントに寄って、チャコールバーデン利用の場合はそれ用のセットを受け取ることになっている。
そのセットを受け取るときに、「あの、念の為に確認したいのですが、本日の宿泊料金は、おいくらになっていますか」と訊ねる。フロントの係の方は、年間カレンダーのチラシを持ってきてくださり、「本日お客様がご利用のお部屋は12000円、税込12750円となっております」と説明される。
「やはり、そうですか。さきほど、お部屋に案内してくださった方も、そのお値段をおっしゃったものですから、確認をお願いしたいのですが、インターネットのホームページで拝見して、五月五日は税込11175円だったので、予約時に予約受付の係の方に確認していただきまして、先に案内された12750円ではなく11175円での宿泊予約として受け付けていただいたんです。今一度、ホームページを見てみていただけますでしょうか」
「そうでしたか。すぐに確認してまいりますね」(と言ったあと事務所に向かって「おーい、パソコンでホームページ出してー」と言いながら事務所内に入られる。まもなくフロントに出てこられる)
「申し訳ありませんでした。たしかに、ホームページでは11175円の表示になっておりましたので、11175円で明日ご請求いたします。ご心配をおかけすることになり、あいすみません」
「そうですか。ありがとうございます。では、ホームページに書いてあったとおり、チャコールバーデンのセットも料金に込みということになりますでしょうか。それとも、別途一人600円必要でしょうか」
「宿泊料込みでだいじょうぶでございます。では、こちらの、チャコールバーデン専用セットをお使いください」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
夫と二人大浴場に向かいながら「念のため訊いてよかったなあ」「だって、なんか、怪しかったもん。訊かずに希望的観測のままであとでがっかりするよりも、こういうことはちゃっちゃと訊いて確認するほうがいい。宿のほうも、チェックアウトのときになって請求書作成済んだ時点で言われるよりは、お客さんが混んでない今のほうが対応しやすいだろうし、わたしたちも言いやすいし。部屋に案内してくださった方に言うよりも予約に関わってるフロントの方に言う方が話が早いし。これで安心して滞在できるし。よかったね」と話す。
夫は男湯に、わたしは女湯に、と別れて入り、チャコールバーデンには、各自直接行きましょう、と決める。大浴場の場所とチャコールバーデンの場所は、少し離れいて、エレベータと徒歩で移動が必要。
大浴場で入浴して汚れを落とした状態で、チャコールバーデン専用の浴衣を下着なしで羽織る。もともと着ていた浴衣やバスタオルやタオルは、専用のバッグに入れて、チャコールバーデン浴室まで連れてゆく。
大浴場のお湯は「熱塩温泉」の名のとおり、しょっぱい。まだお昼過ぎの早い時間だから、入浴客は少ない。浴槽で一緒になったおばあさんが、自分は毎日ここのお風呂に入っているのだけど、最近、ここのあたりと、このあたりの掃除があんまりされていないのが気になるのだ、という話をしてくださる。毎日で、しかも昼間を選んで入浴してらっしゃるということは、被災で避難なさってる方かもしれない、と思いつつ話をうかがう。館内の何カ所かに、被災で避難中の連泊のお客様に対する協力依頼文が貼られている。この宿自体も燃料不足などの苦境にあるため、節電燃料節約にご協力ください、できるだけ昼間に入浴、毛布や衣類を重ねることで暖房の使用を控えめに、など、よろしくお願いします、という内容。
ところで、チャコールバーデンとは何かというと、簡単に言えば「岩盤浴」。ただし、その名前のとおり、岩盤浴室内にたくさんの地元産の炭が置いてあり、温熱効果以外にも炭の効果を同時に享受できるようになっている。
以前このチャコールバーデンを利用したときには、奥に狭い高温浴室があり、手前に広い低温(十分あたたかくてしっかりと汗が出る)浴室がふたつあった。しかし、今回は、この宿では、震災等で避難してこられた方たちの受け入れを行っているため、手前の広い岩盤浴室ふたつは、洗濯物干し場として解放され、シーツのカーテンで隠してある。現在は、奥の高温浴室のみをチャコールバーデン低温浴室として提供している。
狭い、といっても、それでも寝床が十一、ほどはあるだろうか。閉鎖中の広い方の寝床は全部で三十前後ある。個人スペースは岩盤ではなく、木の枠の中に畳のようなむしろのような敷物が固定されている。そのため、寝心地が柔らかく、石の上に寝たときのようなかたさはない。
夫はすでに先に入って横になっている。わたしは彼の隣に行って、チャコールバーデンセットの中の大判バスタオルを寝床に敷く。各寝床には、身体の上を覆って蒸すためのビニールシートも折りたたんで用意されているが、それは足元に置いておいて使わない。
仰向けから始め、うつぶせになり、横向きになり、うつらうつらとうたた寝しつつ、身体全体を温める。
わたしたちにとって、人生で初めて体験した岩盤浴が、ここのチャコールバーデンであった。その後、自宅の周辺や旅先で見つけるたびに、いろんな岩盤浴施設を利用してきたが、わたしたちの中では、ここのチャコールバーデンが気持よさ最高峰。夫と「この広さといい、温度といい、湿度といい、身体にラクで気持よくて、やはりここの岩盤浴はすばらしい」と語り合う。
夫は一時間ちょっとで「もういい。あったまった」と言って先に出る。「わたしはもう少しゆっくりしてからあがるね」と夫を見送る。
夫が出てしばらくしたときに、女性客が一人入ってくる。慣れた様子で支度をして、寝転がって、下に敷いた大判バスタオルと上にはビニールシートをかけて、本格的に蒸しの体勢に入られる。そこからは、その人とわたしのふたりきり。それから一時間くらいすると、その女性も出て行かれる。そのあとは、わたしが出るまで、ずっとわたし一人。
岩盤浴の入浴前と終了後には、岩盤浴室入り口に置いてある少し特別においしいお水を小さな紙コップに入れて飲む。もちろん途中で何度も飲みにきてもよい。岩盤浴を終えたら、もう一度、大浴場で汗を流してから、下着を着て部屋用浴衣に着替えて部屋に戻るのが基本だが、わたしは汗がサラサラだからこのままでいいや、どうせまた夜にお風呂に入るし、ということにして、岩盤浴用浴衣のまま部屋に帰ってから下着と浴衣を着直す。
わたしが部屋に戻ったのは、岩盤浴室に入ってから二時間半程度が過ぎてからだっただろうか。夫が「だいじょうぶかー。捜索願を出そうかと思ったー」と言う。彼はわたしが何かで時間がかかると、だいたいいつもこう言う。
「よく寝た。あったまった。気持よかった。またここに来てよかった」
「たしかに、今回の旅行で泊まった宿の中で、ここが一番快適度が高いなあ。温泉の泉質はまた別だけど」
「お湯の泉質や身体との相性で言うと、咲花温泉や大塩温泉や西山温泉のほうが、わたしたちにとっては上かもだけど、気候の温暖さと、部屋の使い勝手の良さとかの、総合の快適さは高いね」
「チャコールバーデンはやっぱりいいなあ」
「いいねえ。特に男性は、なかなか岩盤浴施設との出会いが難しいもんね」
「女性専用のところが多いし、男女別のところは男性用はたいていすごく狭いし」
「時間制限あったらあったでせわしないし、ここくらいの、あったかいけれど温度も湿度も低めのところで、じっくりゆっくり加温するほうが、細胞がいいかんじだよね」
「それにしても、みそきちどんさん、二時間半、三時間近く入ってたんちゃうか」
「そうかも。でも、ほら、ふだんから、近所の岩盤浴で鍛えてる、というと変だけど、慣れてるからさ。たぶん呼吸の仕方も岩盤浴バージョンがあるんじゃないかな」
「チェックアウトするまでは、何回でも、チャコールバーデン入ってくださいね、って、旅館の人が言うてくれちゃったけん、そこのハンガーにかけて乾かしようるんじゃ」
「そうか。一応乾かしておこうかな。わたしも、またあとで入るかもしれんし」
「おれは、夕食の時間を確認にきた人に、夕食のときに飲む熱燗を頼んでおいたけど、みそきちも何か飲むんだったら、今のうちに電話で頼んだらいいんじゃないかな」
「そうなんだ。じゃあ、わたしは、これ。アサイーベリージュース。これ、飲みたかったんだあ」
「ベリーはブルーベリーとかいろいろ混ざってる絵だけど、アサイーってなに? 前にもうちの近所の温泉銭湯にあったのを飲んでたよなあ」
「えーとね、アサイーはね、ポリフェノールの多い実なんだけど、果物と言うには、単品では爽やかさが少なくて、濃い赤紫色のレンコン、みたいな、味、か、なあ、ちがうなあ、うーん。ベリー類と混ぜてあるほうがたぶん飲みやすいと思うけど、わたしは単品でも好き」
「ふうん」
それからフロントに電話して、「夕食のときの飲み物をお願いしたいのですけれど。アサイーベリージュースをひとつ、氷なしで。はい、食事の開始時に、先に注文した熱燗と一緒の頃にお願いします」と伝える。
夕食までの時間を、部屋でゆっくりと過ごす。夫はテレビで野球かなにかを見ていて、わたしはテーブルでハガキを書いたり地図を見たり、窓から外と空を眺めたり。
夫が「あ。お腹がいいかんじですいてきた。佐世保バーガー多かったかなあ、と思ったけど、大丈夫そう」と言う。「わたしもいいかんじでお腹すいたよ。お昼が玉こんと田楽じゃったけん、それがちょうどよかったんかな。そうだ、炭酸水飲もうっと」と言って、冷蔵庫から冷えた炭酸水を出して、ぐびぐび飲むと、さらに食欲が湧いてくる。夕ごはん、たのしみだな。