なめこの水煮缶を買う

五月六日。JAのガソリンスタンドでの洗車を終え、今宵逗留予定の新潟県月岡温泉に向かう。行き先をナビに設定したところ、高速道路に乗りましょうと案内してくれるのだけれども、急ぐ旅ではないし、周辺風景をのんびりと眺めながらの移動がよかろう、ということで、高速道路には乗らず、一般道を走行する。
途中、お昼が少し過ぎた頃に、なんとなくお腹がすいてきたね、何か食べよう、ということにする。旅館で旅館の朝ごはんを食べると、お昼になってもなかなかお腹がすかなくて、お昼ごはんをしっかりと食べることはできなくなる。
それでも、夫は「お昼だからなにかちゃんと食べておいたほうがいいと思う」という言い回しをよく使う。それに対してわたしは「なにかを食べるときには、朝だからお昼だから夜だからというような理由ではなくて、身体がそれを欲するときに欲するものをたべるほうがいいと思う。そうできないときにはしかたがないけど、そうできるときにはそうするほうが身体は喜ぶと思う」とよく言う。
まあ、とりあえず休憩施設に立ち寄りましょう、ということにして、道端の道の駅のようなそうでないようなサービス施設に立ち寄る。隣の敷地には少し大きめのスーパーマーケットがあるから、もしも食べたいものが生鮮系であることに気づいたときには、このスーパーマーケットで何か買って食べてもいいしね、なんとなくレッドグローブ(皮ごと食べるぶどう)が食べたいような気がするし、買って水道水で洗って車の中で一房食べるのもいいかもね、と思う。ちなみに夫はレッドグローブは「皮がすじっぽい」という理由であまり好まない。
休憩施設の建物に入り、夫と一人一個ずつまずはソフトクリームを注文する。そのときはお天気がよくて少し暑くて、二人ともソフトクリームが食べたい気分だったから。館内の食堂のレジでお金を払い、ソフトクリームを受け取ったら、食堂の椅子とテーブルとは別の、畳が敷いてあり腰掛けて休憩できるようなベンチよりも少し広いところに座って食べる。
ソフトクリームを食べ終えたら、館内をぐるりと見て回る。山菜や野菜の直売所としても利用されているところなので、おいしそうな山菜や野菜が並んでいる。
山菜コーナーの一角に「なめこの水煮缶」が置いてあるところがある。夫が「沖縄ちゅらうみコーナー(本当の名前は違ったかもしれない。なんとなくそんな雰囲気の名前。沖縄関係商品を取り扱い販売するコーナー)」を見学している間、わたしはなめこの水煮缶とずっとにらめっこ状態。会津若松で食べた「なめこおろし(なめこの水煮と大根おろしを混ぜたもの)」がとてもおいしかったから、自宅でそれを再現したいと思ったのだけれど、なめこの水煮の缶詰が思ったよりも高価なのだ。
大きな缶入りで八百円くらいか。この大きさだと一度に食べきるのは難しそうだ。小さな缶入りが四つまとめてネットに入ったものが、千二百円から千四百円くらい。値段の差は何かというと、なめこのカサの大きさの違いで、小さいほうが安い。
沖縄コーナーに満足した夫が近寄ってきて「まだそこにいるのか」と言うから、「なめこの水煮缶を買おうかどうしようか迷っている」と話す。夫は何も迷うことなく「買おう、買おう」とネット入りの四缶パックをレジに持って行こうとする。
「あのね、値段が違うのがあるん」
「何が違うん?」
なめこのツボミというのかな、カサの大きさが違うみたい」
「せっかくだから大きいほうを買おう」
「大きいのと小さいのだと、どっちがおいしいんだろう」
「大きいほうちゃう?」
ほんとうかなあ、そうかなあ、と、いぶかしく思うけれど、まあ、いいか、と夫が手に持つ大きいカサのなめこ水煮缶を購入。
それから、わたしは、レジの近くに置いてある手作りクッキーがなぜか食べたくなり、購入。明日の朝ごはんにしてもいいしね、と思いながら。
夫は館内の食堂のメニューを眺めたけれど食べたい物がないから、外に出てそのへんを見てみる、と言う。
外に出ると、小さな小屋のような建物で「揚げたてコロッケ」が販売されている。夫は「おれ、お昼ごはん、このコロッケにする」と言って、そこのコロッケを注文する。わたしもコロッケが食べたいような気がしたから、お店の人に「このコロッケにはタマネギは入っていますか」と訊ねる。「はい、たっぷり入っていておいしいですよ」と教えてくださり、ああ、それではわたしは食べないほうが安全なのか、と判断して、夫だけがコロッケを揚げてもらう。
夫がベンチに腰掛けてコロッケを「うまいっ」と言いながら食べる横で、そうだ、わたしは、さっき買ったクッキーを食べたらいいじゃん、と気づく。クッキーは小麦粉だし、粉物としていいんじゃないかしら、と。クッキーの袋を開けて食べてみたら、それが実においしくて、自分が今食べたかったのはこれだったのねえ、と思う。だから、レジの側でこのクッキーに吸い寄せられたのだろうなあ。
朝ごはんをいつになくしっかりと食べた日のお昼ごはんは、これくらいの量がちょうどよくなる。
旅先のお昼ごはんを存分に楽しむためには、わたしの身体の場合は、朝ごはんの摂取量を制限する必要があるのだが、旅館の朝ごはんを前にすると、供されたものはできるだけ残さずおいしくいただく妖怪が現れて活躍して、つい身の程を超えてしっかりと食べる傾向がある。そのため、できるだけ宿泊は「素泊まり」または「一泊夕食付き朝食なし」の形を希望する。素泊まりの時には、夕食を外食で、朝食は部屋で軽いものを、という加減がほぼ自在にできる。一泊夕食のみ朝食なしのときには、夕食のみ宿のごちそうを堪能して、朝は部屋で買い置きの飲み物と食べ物で軽く済ませる。
体調良く旅をするなら、このどちらかのスタイルが望ましいのだが、「一泊二食付」が基本サービスで、朝食なしでも朝食付きでも宿泊料金が同じであったり、差額があまりにも小さかったり、そして「一泊夕食のみ朝食なし」という形での宿泊の料金確認や交渉をすること自体が面倒くさい気分がする、などということになると、自分の旅の体調良好よりも、確認や交渉を端折って宿泊費分のもとを取って旅館の朝ごはんをしっかりと食べるべきであるような気分になるあたりに、旅人としてまだまだ絶賛修行中な風味が漂う。
宿泊業の今後のサービスの方向としては、朝食は部屋で簡単に軽く食べられるように、果物とパンをカゴにのせたものを前日に、あるいはおにぎり数個を当日の朝部屋の前か部屋に入ってすぐのところに、用意しておいてもらえるスタイルが一般的にあるようになるといいなあ、と思う。朝食会場で従業員の人にお世話になることもなく、他のお客さんと同じ部屋で食事をすることもなく、起床からチェックアウトまでの時間を自室に引きこもって過ごせるほうが、わたしにとってはおそらく快適が大きく、その後の体調を良好に保ちやすい。
コロッケを食べる夫の横で、手作りクッキーを一袋のうち三分の一くらい食べたら、もう、レッドグローブはどうでもよくなったから、そのまま出発。
おうちに帰ったら、なめこの水煮缶を開けて、大根おろしといっしょにして、おうどんの上にかけたらきっとおいしいね、やってみようね、おうどん以外にお素麺でもおいしいんじゃないかな、ネバネバ仲間でオクラを切ったものを一緒に混ぜてもおいしそう、と、車中にて、なめこの水煮に対する期待がどんどん高まる。
なめこの水煮の缶詰は、うちの近所のスーパーマーケットでも、缶詰コーナーでふつうに売っているのかな、気がついていないだけで。それともやはり産地ならではの流通と販売なのかな。帰ってから、自宅近所のスーパーの缶詰コーナーを観察するのがたのしみだ。