朝饅頭と月と兎

五月七日朝。
ここの宿の素晴らしいところは、朝起きると部屋の外のところに、新しい茶器セットと新しい沸かしたててのお湯が入ったポットが置いてあるところ。前の日に宿に入ったときに部屋に用意されているポットのお湯は、翌日にはぬるくなっていて、熱いお茶を飲むのには使えない。
湯沸かしポットや電気ケトルが備え付けならば、随時自分でお湯を沸かすことができるけれど、保温ポットの場合は、宿の人に新しく沸かしたお湯をポットに入れなおしてもらうか、ぬるくなったお湯を持参の旅の湯沸し道具を使ってブクブクと沸かすか。しかし、やはり、わざわざ頼むのも、ブクブク沸かすのも、寝起きには面倒くさい。
うがいをして顔を洗って軽く化粧水をつけたら、新しいポットのお湯を使って、持参のティーバッグで紅茶を入れる。持参の豆乳と混ぜあわせて豆乳紅茶にしてごくごく飲む。寝ている間に失われた身体の水分がいっきに補給される。
そして、自宅でも毎朝飲むサプリメントをピルケースから取り出して飲む。それぞれのサプリのそれぞれの働きをイメージしながら、よろしくね、一緒にがんばろうね、という思いを込めながら。
すべてのサプリメントを飲み終えたら、温泉饅頭。ぱくり、ぱくり、ぱくり、と、みっつかよっつくらい食べる。
お饅頭屋さんごとに、皮はこっちが上手だなあ、と思ったり、餡はこっちが上手だなあ、と思ったり、皮も餡も両方上手なのはここだなあ、と思ったり。
そして、これは、仕方のないことだけど、やはり昨日買ってすぐに食べたときのほうが、できたてのほうが、おいしかったなあ、と、思う。
本当は、昨日買ったアスパラガスバウムクーヘンも食べたいけれど、身体の血糖値が満ち満ちて、もうこれ以上は入らないから、バウムクーヘンはまたのちほど。
朝もお風呂に入りたくなるかなあ、と思ったけど、昨夜の入浴で満足したみたいだから、無理に朝風呂には入らずに少しずつ出立の支度をする。
たとえばもっと寒い時期で、泊まった宿の洗面台の蛇口からはお水しか出てこなくて(これはよくある)、お湯で顔を洗いたい(水で洗うのはつらい)気分になるときには、必ず起き抜けに朝風呂に入って、お湯でうがいして顔を洗って、全身を湯船で温めなおすのだけれども、これくらいの季節だと、それほどお湯の温かさを切望しなくていいのがラク
フロントに置いてあった観光案内の紙を見て、前回月岡温泉に来たときにはなかった新しい施設が近くの丘の上にできていることを知る。宿の方に尋ねると、もう、ここから車ですぐすぐのところで五分もかからないですよ、と教えてくださる。お菓子屋さんやアイス屋さんやレストランや野菜直売所が集まった施設のようだ。
宿をチェックアウトするときに、宿の女将さんが手縫いの「ティッシュペーパー入れ」をくださる。これはこの宿の女性向けサービスで、前回泊まったときにも同じものの色違いをいただいた。前回は薄紫色。今回は濃い赤色。月岡温泉のマスコットキャラクターである小さな「月と兎」の模様。温泉街の宿やお店には、この「月と兎」の暖簾がかかっている。私はいろいろ無粋なところがあるけれど、こういうときの「女性向けサービス」を男女差別だと言い募って無粋に拒んだりはしない。商いを行う人や人々が商売繁盛と商いの喜びを求めて工夫する過程で、特定の属性の顧客に対してプラスアルファのサービスを行うことは、それはそれで私は好ましく思うことが多い。
温泉饅頭の朝ごはんも美味しかったけど、他のものも食べたいなあ、今のお腹の状態なら旅先のいろんなものをちょっとずつ買って食べることができるなあ、とたのしみにその施設に行ってみることにする。
もしかすると、野菜直売所で地元のアスパラガスを購入できるかもしれない。今日は家に帰るから、生のアスパラガスを買っても、今日のうちに料理して食べることができるから買い放題。ああ、あの太くて甘いアスパラガスを思う存分食べたいなあ。