立山散歩その三

高速道路の途中、サービスエリアで休憩する。
太った三日月みたいな形のシュークリームを買って食べる。まぶしてある粉砂糖がおいしい。皮もクリームもおいしい。
高速道路には北陸地方以外のナンバープレートの車が多く、ETC土日祝日半額割引を利用して遊びに来てくださっているのかな、と話す。
高速道路が富山に近づくに連れて雨雲が濃くなり雨が降る。高速道路を富山インターチェンジで降りる。そこから立山方面へ。
夫が「山の上が雨でじゃなくてびしょ濡れにならないほうがいいなあ」と難しい言い回しの願い事を言う。それを言うなら「山の上が晴れてて気持ちがいいといいなあ」のほうが希望のイメージを脳に描きやすくはないか。夫の言い回しでは、山の上でびしょ濡れになり暗い顔をする二人の姿が思い浮かぶのだけど。そして、人は世の中は自分が思い浮かべたイメージに向けて自然とことを実現化するものなのだけど。
夫には「私は雨も好きじゃけん、別に雨でもいいよ。ずぶ濡れはずぶ濡れで面倒くさいこともあるけど、雨は好きよ」と言っておく。


立山の町に近づくと、以前も見ただけで買えなかった「みょうが寿司」の販売所が見える。そして通り過ぎながら「お昼ごはん、みょうが寿司でもよかったんだけどねえ」と話す。みょうが寿司とのご縁がなかなかに遠い。


以前の立山旅行の時に立ち寄ったヤギのいるところを通り過ぎながら、夫が「帰りにヤギに餌をやる!」と宣言する。


さらに立山に近づくと、夫が「この小学校の名前の漢字が読めなくて」と言う小学校が右手に見える。
「本当だねえ、読めないねえ、一文字目は、戸じゃなくて、なんだろ」
芦原温泉(あわらおんせん)の芦(あし)の字だと思う」
「そうか。そうだね。その次のがなんだろうなあ」
「読んだことも書いたこともない漢字だと思う」
「うーん。書いたことないねえ。山編にお弁当の弁は、べん? じゃあ、あしべん? あべん?」
「いや、そんな音じゃないと思う」
「どうやらくん、読み方知ってるん?」
「知ってはないけど、前に来た時に、へえ、これってそういう読み方するんやあ、と思った記憶があるような気がするだけ」
「うーん。芦峅、あ、そこに同じ字のお寺の案内が出てるよ。なに寺なんだろうねえ。道路のそのへんに町名の立て札かなんか書いたものが出てくるとわかるかも」
「書いてあっても読めんじゃん」
「ほら、でも、ときどき、ローマ字併記してあるじゃん、それが見えれば…。あっ、今、書いてあったかも、あるくし? あくるし? なんかそんなスペルに見えた」
「そうかも。そんな音だったかも。なめらかでひっかかりのない音だったはず。少なくとも、べん、なんていう濁音はなかったと思う」
「そうなんじゃあ。どうやらくん、これだけ再々立山に来てるんだから、地元の人、山の人とかに、なんて読むんですか、って訊いたらいいのに」
「訊こうと思っても書けんもん」
「あ、そうか。んー、でも、こう、地図の中で見つけて、これ、って指差すとか」
「そこまで、この字のよみがなを知りたい欲求が強いわけじゃない」


立山が近づけば近づくほど、雨が強くなってくる。夫が「神聖な立山が、ダークでダーティーで邪悪なみそきちの侵入を拒んでいるんじゃないだろうか」と言う。だから私はこれまでずっと立山への侵入は自重してきたではないか。それを夫がどうしても雄大な山々の景色を見たほうがいいよ、と強く奨めてくれるから、そのご招待に応えてこうしてやってきているのだから、まあ、そのへんの折り合いは、どうやらくんと、どうやらくんが大好きな神聖な立山さまとで、よくよく話しあって決めてよね、と、任せる。


だんだんと、以前旅行に来た時に見覚えのある立山の風景が近づく。雨は小雨。「車は駅前のロータリーのところにある駐車場に停められれば、そこに停めたいけれども、たぶんいっぱいだと思うから、少し離れたところに置いて来る間、みそきちを先に駅に降ろすから、ケーブルカーの切符を買っておいて。少しでもケーブルカーの待ち時間が少ないほうがいいから」と夫が言う。
「うーん。それは。私たち、そんなに急いだ旅路ではないことだし、待ち時間があるならあるで待ち時間を過ごすような過ごし方をすればいいことだから、遠くの駐車場ならそれはそれでそこまで一緒に行って車を停めてから、一緒に歩いて駅まで歩こうよ。それに、どの場所の駐車場が駅までどのくらい歩くのにかかるのかも私ではわからないし」
「そうか。でも十分もあれば行けるから、十分後くらいの切符を買ってくれればいいんだけど」
「でもさ。今すぐ出るケーブルカーの切符ありますよ、って言われたら、ついうっかり、あ、それじゃ、それに乗ります、って言って、どうやらくんのこと置き去りにして先に私一人で乗って行っちゃうかもしれんじゃん。そんなことで私らが生き別れになったらどうするんよ」
「ありえん」
「少し先の切符を買うとしても、15分後のじゃ、遠くの駐車場から歩いてくるのが間に合わないかもしれないし、かといって30分後じゃ待ちすぎなのかな、とかの判断が私にはできないから。一緒にいようよ。そのほうが安全だよ」
「はいはい。じゃあ、そうしましょう」


ロータリーの近くにおられる駐車場誘導係の人に駐車場の状態を訊く。今日は駅前はもう満車で、橋の手前の左側も、橋の手前の右側も、もういっぱいになっているので、橋をわたって突き当たりを左に少し進んで川沿いの道を下りて、河原のところにある駐車場に停めてください、と案内してもらい、そのようにする。
それでも夫は、橋の手前の右側の駐車場に入っていって、空いているところがないか確認したけれど、やはり空いていなくて、「もうちょっとタイミングがあとなら、山から下りてきた人たちが帰るから、このへんも空くんだろうけどなあ」と言いながら河原へ。


河原の駐車場も手前の方はいっぱいで、立山の人気ぶりがうかがえる。あ、あそこに案内の人がいるよ、と、青い制服の人がいるところまで行って、誘導してくださるあたりに停める。
私はいつもバッグに入れているものから必要なものだけリュックサックに入れて、それ以外の荷物は車の中に残す。
雨が降るから、いつも車の中に置いている折りたたみ傘と日傘(晴雨兼用)を、夫と私のそれぞれのリュックサックに入れる。雨は降るけれど、今はまだ傘をさすほどではなくて、帽子があればそれで十分。
気温はずいぶんと低くて、涼しい、というよりは、肌寒い。
駐車場から駅に向かって歩いているうちにどんどん寒くなるから、リュックサックから長袖シャツを出して羽織る。
リュックサックを背負ってみると、なんだか左右のバランスがしっくりこなくて、夫に見てもらう。夫が「右側をもう少し縮めたほうがいい」と言うから、立ち止まって、リュックの右側の肩掛けの長さを夫に頼んで縮めてもらう。「どうかな?」「うーん、もう少し」と何度か調節して、ぴったりになったら、「ありがとう。よくなった」と言ってぐんぐん歩く。


立山駅に着くと夫が「ここが近道だから」と裏側の入り口を案内してくれる。私がお手洗いに入っている間に夫が先に切符を買っておいてくれると言う。
トイレから出て切符売り場に近づくと、夫が「15分後のケーブルカーだから。そのへんでおにぎりを買おう」と言う。夫は「待ち時間が一時間くらいあるようなら、どこかでゆっくりとお昼ごはんを食べてもいいな」と思っていたらしいのだけど、15分だと慌ただしいから、おにぎりを買ってバスの中で食べよう、ということらしい。


駅の表側の小さな食堂で、おにぎり二個入り350円を購入。お店の人が「ちょっと待っててね。すぐに作るから」と厨房に入られてしばらくして、握りたてのあつあつのおにぎりをパックに入れて持って出てこられる。ふたパックをまとめてビニール袋に入れてくださる。ビニール袋の外側から触ってもあたたかい。夫が自分のリュックサックに入れて運んでくれる。


立山駅に戻ると、まもなく改札が始まる。ケーブルカーの乗口は階段状。山から下りてきたケーブルカーにはお客さんがいっぱい。駅について、乗っていたお客さんが全員反対側のドアからおりたら、乗る側の扉が開く。
ケーブルカーに乗り込む。車内の床も天井もも階段状になっている。座席に座る。ほぼ満席。
夫が「この時間になるとガラガラなんやなあ」と言う。
「ガラガラって、言っても、ほぼ満席だよ」
「でも、立ってる人がおらんじゃろ。いつもは立ってる人でぎゅうぎゅう詰め。それに比べたらガラガラ」


雨がどんどん強くなる。さて、本格的に立山観光の開始。


追記。
さきほど「芦峅」のよみがなを調べてみたところ、「あしくら」であることが判明した。あしくら。