立山散歩その四

立山ケーブルカーで山の斜面をぐんぐん登る。ケーブルカーの乗車時間は七分程度。
ケーブルカーを降りたら、今度はバスに乗り換える。バスは補助席も使って、全員が着席したら出発。
バスは山道をぐねぐねと登ってゆく。
バスの運転手さんは、途中、樹齢三百年以上という大きな杉の木の前で停車してじっくりと杉を見せてくださったり、滝が見えるポイントで「さきほどまではちゃんと見えていたのですけどねえ、ガスがかかって見えませんので、ではもう行きます」とあきらめられたり、「終点の気温は六度と聞いております。車内は気温十二度ほどですので、気温差に気をつけてご準備ください、あ、まだ、時間はたっぷりありますので、焦らなくて大丈夫です、終点が近くなりましたら、またあらためてご案内いたします」「雨が強くなってまいりました、と思ったらみぞれになってきました、と思ったら雪になりました。さきほど終点は気温六度とご案内いたしましたが、雪がふるということは、六度よりもさらに寒くなっている可能性が高いと思われます。気温零度前後かもしれません。そのつもりでご用意ください」などなど、至れり尽くせりな案内をしてくださる。
バスそのものは、今はもうあまり見ることがなくなった古い型で、天井の照明がシャンデリアなのも、各座席の背裏側に灰皿ボックスが付いているのも、今時ではないかんじだが、バスの運転手さんの観光案内の意気込みは大きい。
窓側に座る夫が「ひょえー、雪ー」と言うから、「うん、雪だねー。どうやらくんが、雨じゃないといいなあ、って言ってたから、お天道様、じゃ、雪なら雨じゃないね、って気をきかせてくれはったんじゃないかな」と言ってみる。
夫は「でも雪ならびしょ濡れにならないからまだいいか。ただ、晴れてないと、景色がなあ、ガスがかかって見えないとなあ」と案ずる。
終点の手前の弥陀ヶ原というエリアに、国民宿舎ともう一軒別の宿泊施設があって、ああ、ここが、美容師さんが昔家族旅行で泊まられた国民宿舎かー、と思う。
終点に着いて、バスの運転手さんに「ありがとうございました」とお礼を伝えて降りる。バスの外にいる係の方が「足元凍結で滑りやすくなっております。ご注意ください」と注意を促してくださる。
いったん建物の中に入って、冬装束に変身する。夫は上着の中に長袖を一枚足して、軍手を手に装着。私は、半袖の上にヒートテックの長袖を一枚足して、二の腕と手首にウォーマーをつける。そして長袖シャツを風除け上着を着て、コットンマフラーをきゅっとしめる。脚の方にも、いったん靴を脱いで、レッグウォーマーをつける。夫が「みそきち、手袋は?」と訊くから、「手首ウォーマーが手の甲まで覆うタイプだからこれで大丈夫。指先寒い時には、ぐーにしてウォーマーの中に片付ける」と答える。
階段を登って、山側の出口に向かう。
今日の天気予報は降水確率10%の快晴だったから、登山客も観光客もたくさん来ている。しかし、気楽な観光のつもりの服装の人、特にまだ夏っぽい服装の人は、外のあまりの寒さにその建物の出口から出ることができずに、じっと佇んで迷っておられる。その薄手の衣類で、ストッキングにサンダルの足元では、無理だよ、やめておくのがいいと思うよ、と思いながら、横を通り抜ける。
外は雪。歩くと、スニーカーの靴底が凍結した石畳で滑る。うおおっと気をつけながら、あまりつるつるしていない地面を選んで歩く。
目の前にいくつもの高い山々が広がる。
夫が山を指さしながら、自分が先日と先々日どこをどう歩いたのかを説明してくれる。その説明する指先の山の稜線に小さなうごめくつぶつぶが見える。
「ねえ、あの、動いてるつぶつぶは、山に登ってる人間?」
「うん。こんな雪の日に登るのは怖いなあ」
「怖いのは、なにが怖いの?」
「急激な体温の低下」
「ああ、そうか。でも、すごいね。あんなにいっぱい、つぶつぶが動いているってことは、けっこうな人数の人が、この雪の中、登ってるってことなんじゃろうね」
「はあー、みなさん、ようやるなー、お好きですなあー」
「君もやろ」
山全体がうっすらと白くなっているのを見て、夫が「これはこれでこの景色もいいなあ。うっすら雪がかかった立山は、おれも初めて見た」と言う。
晴れ渡っているわけではないから、光が醸しだす鮮やかな色合はそれほどではないのだけれども、望む山々全景の佇まいは大きくおごそかで、この時期にこんなに雪が積もる山は冬はどれほど雪深いことだろうと思う。
立山を背景にした場所に湧き出る山水がおいしいのだと夫が教えてくれるから、柄杓ですくって飲んでみる。あまりにも冷たくて、そんなにたくさんは手のひらに注げないし口にふくむこともできない。でも、甘くて柔らかくておいしい。帰りに水筒に汲んで帰ろう。
夫が「では、みくりが池温泉のあるところまで、お茶でも飲みに行きましょう」と誘ってくれるので、そこまで三百メートルか四百メートルはないかな、くらいの距離を歩くことにする。地面の凍結を避けるように。でも、靴が防水というわけではないから、水たまりも避けて。
立山散歩のはじまり、はじまり。