山と温泉その三

夫の出発を見送って部屋に戻り、豆乳紅茶を飲む。朝のサプリメント各種を飲む。六時半すぎに入った温泉の汗がまだひかない。
網戸と網戸の隙間から、カメムシが入ってくる。室内で見つけたカメムシはチラシの紙に乗せて窓を開けてその紙を外に出して指先で紙をぱちんと叩くとカメムシが飛んでいく。
廊下においてあるガムテープ(お客さんが荷造りするとき用のものだろうか)を網戸と網戸の隙間を塞ぐ。網戸とサッシの隙間からも入ってくるからそこも塞ぐ。
卓でお茶を飲んでいて、ふと、備え付けの茶殻入れの縁にいるカメムシの存在に気づく。なぜそこにいるのだ。チラシの上にのせて窓を開けて外に出そうとするが、窓が開かない。そうだ、私がガムテープで目張りしたから開かないんだ。そうか、全部を目張りしたらダメなんだ。とりあえず右側の網戸とサッシの間のガムテープを外す。窓を明ける。カメムシを外に出す。
その後、お茶を飲みながら手紙を書いたり薬の勉強をしたりしている間にも、ふと気づくと室内の主に窓際にカメムシがいる。外から侵入を目論むカメムシが網戸や窓にしがみついているぶんには網戸の内側から網戸や窓を叩いてカメムシが自主的に撤退するように仕向ける。が、どうも室内で遭遇するカメムシは、今しがた侵入してきたというよりは、サッシのレールの溝の中やカーテンのひだの中などに潜んでいたもののようで、いくら外に出してもどこからか現れる。
しかも、タオル掛けに干して乾いたタオルを縁側の椅子の背もたれにかけて追加干ししていたそのタオルになぜかカメムシが付着している。こらなぜそこに、と問い詰めつつ、タオルごと窓の外に出してタオルをはたいてカメムシを飛ばす。
ふと見ると今度は縁側の椅子の肘掛けのところにカメムシが。椅子の背もたれにかけてある夫のジーンズ目指してカメムシが歩む。
カメムシは室内に暖かそうな布の気配を察知すると、そこを自分の越冬地もしくは一時的な休息の地としてたどり着かねばならない気持ちになるのだろうか。
そして、室内で遭遇する虫はカメムシだけではなくて蜂もいる。蜂もカメムシと同じように外に出せるだろうか刺されるだろうかとおそるおそる紙に乗せて外に出す。うまく外に出せた。
カメムシと蜂とそのような攻防を繰り返す。日が高くなり気温が上がるとカメムシの活動がさらに激しくなる。攻防も激しくなる。
宿のおにぎりをひとつ食べる。コンビニおにぎりよりも少しだけ大きくて、ひとつ食べると結構お腹にぐっとくる。
ポットのお湯がなくなったから、厨房にポットを持って行き「お湯を入れてください」とお願いする。「お湯を沸かして入れてから持って行きますね」と言ってくださるので、部屋で待つ。しばらくするとお湯を持ってきてくださる。
宿の温泉は朝八時から十一時までは清掃のために入浴できない。だったら代わりにホームページに載っていた足湯に足をつけて過ごせるといいな、と思ったから、宿の人に「足湯の場所はどこですか」と訊いてみる。宿の人は「すみません。足湯は玄関の入口の外のところに実はあるんですが、今はお湯をはっていないんです」と教えてくださる。あら、それは残念。では十一時を待ってまたお風呂に入ります。
それからしばらくして少し身体が冷えてきて、お風呂に入る代わりに外でひなたぼっこすることにする。玄関から外に出ようとしたらドアに鍵がかかっている。ああ、そうか、十時すぎは宿の人にとっては貴重なプライベートタイムだから鍵をかけてゆっくりされるのか。と思い自分で鍵を開けて外に出る。駐車場が小高い丘のようになっていて、そこで東西南北を見渡しつつ日差しを主に背中に浴びる。暑くはなくて、温かくて、ちょうどよく気持ちがいい。
快晴でどの山も稜線がきれいにくっきりと見える。夫が登っている山はどの山なんだろう。ここからは見えないのかな。
館内に入り、玄関の鍵をかける。十一時になると日帰り入浴の営業が始まる。お昼ごはんにそばを提供する業務もしておられる。お客さんたくさん来るかな、どうかな。
部屋に戻って、二個目のおにぎりを食べる。一個目は梅干しで二個目はシャケ。
それから畳に寝転んで空を眺めてみたり、カメムシとの攻防を繰り返したり。
十一時になったらお風呂に入りに降りよう。