加湿は大切

今回帰省するときには、姫路で一泊した。
我が家から広島の実家までは、片道約550km。いっきに移動することも可能ではあるが、一日走行距離を300km以内程度にして間に一泊入れると身体がたいへんにラク
今回泊まったホテルは以前にも利用したことがある。そのとき夫が入会を勧められて作成した会員カードがあり、そのカードに書いてある電話番号(そのホテルグループの代表サービス)に走行中の車中から予約の電話をかけてみる。
しかし、電話は繋がらず、携帯電話にweb機能のない我が家の携帯電話からではweb予約もできず(いや、厳密には、その時点でweb利用に必要な基本料金と利用料金をソフトバンクに払います、はい、のボタンを押せばそれだけで利用は可能になるのだけれど、それはしたくない)、直接赴いて現地で尋ねてみることにしよう、ということになる。途中のコンビニかどこかで電話帳を借りてホテルの電話番号を調べて電話しようか、とも思ったけれど、結局そのホテルの駐車場に到着したので、夫が直接フロントで尋ねることにした。
禁煙の部屋はツインは満室でダブルかシングル二つなら用意できます、とのことで、ダブルの部屋に泊まることにする。
車をホテル横の駐車場(一泊500円)に預ける。
宿泊に必要な荷物を下ろすときに、持参の加湿器もホテルに持って入るほうがよいかどうか確認したくて、ホテルのフロントで加湿器貸し出しサービスがあるかどうかを問う。ホテルの人は「フロントで貸し出すフィルターを使っていただく必要がありますが、加湿器はお部屋のベッドの下にご用意いたしております」と言われる。
それなら持参の加湿器はいいか、と判断して、持参の加湿器は車の中に残す。
私が車の荷物をおろして車を駐車場に入れている間に、夫がチェックインをしてくれて、私がホテルの建物に入った時には、加湿器に必要なフィルターは夫が受け取りを済ませていた。
部屋に入って窓を開けて荷物を置く。手を洗ってうがいをして、自分が使うものを使いやすい場所に設置する。自分の気配と持ち物を部屋の隅々にまで行き渡らせることで、室内空間が自分仕様の自分に快適な場に変化していく。
そしてこの季節に大切なのは加湿器。なにはともあれ加湿器。湿度の高い北陸地方から移動してきた身体には、山陽地方の空気はことのほか乾燥して感じられる。
ベッドの下を見てみると、加湿器が入ったダンボール箱がさらにビニール袋に入った状態で置かれている。しかも手が届きにくい位置に置いてある。出しにくい。夫が「こっちから引っ張り出すから、そっちから押して」と言うので、私がベッドの横から押す。夫がベッドの足側から箱を引き出す。
しっかりと口を閉じてあるビニール袋を開ける。段ボール箱の梱包はビニールテープでびっちりと閉じられていて、これは新品かしら、と思う。
夫が指先でビニールテープを剥がそうとするけれど全然剥がれなくて、私が部屋に備え付けてあるボールペンのペン先でテープと箱の隙間に穴を開けて開梱。
取り出した加湿器の使い方がよくわからんなあ、と夫が取り扱い説明書を探す。私が「ここの加湿器には取説、付いてないんだよ」と記憶の中にある情報を提供する。
夫はダンボールの中に取り扱い説明書がないのを確認してから、ホテル案内の中に説明があるかも、と室内のファイルをめくるがそれらしきものはない。
それでもまあ、加湿器だから、そんなに難しい使い方ではないだろう、と、それぞれのパーツを手にとって「これは、ここかな、これは、ここだな」と組み合わせる。
フロントで借りたフィルターで水を入れたタンクの口に蓋をする。
「あ。このフィルターがあれば、タンクに水を入れて使えるんだね」
「フィルターがあれば、って、どういうこと?」
「前回ここに泊まったときには、このフィルターの存在を知らなくて、でもここの系列のホテルは加湿器をベッドの下に置いてあるのは知っていたから、ベッドの下から加湿器を取り出して使ったんだけど、フィルターがタンクの蓋として必要だとか全然わからなかったの。今回はフロントで訊いてたから、へえ、フィルターが要るんだ、と思ったけど、前回は夜中にやっぱり加湿器使いたい、と思って夜遅い時間になってから加湿器出したから、フロントには何も訊かなかったの。使おうと思っても水をタンクに入れることができなくて、はてさてこれはどうやって使うものなんだろう、と考えて、しかたがないから加湿器本体の溝の中にコップで入るだけ水を入れて、タンクは本体にかぶせて覆うためだけという形で使ったの。それでも水は一応霧状になって、一晩中加湿してくれたからよかったけど、なんとも使いにくい加湿器だなあ、と思ったん。それに加湿器に関する案内が不親切だなあ、と思ったから、お客様の声を聞かせてくださいのアンケート用紙にびっしりと、加湿器がもっとこんなふうに使いやすいと嬉しい、という提案を書いて提出したの。でも、その私のご意見が反映されないままだということは、よほど世の中の大半のお客さんは加湿器サービスを求めていない、求める人が多くないから対応のないままにする、ということなのかなあ」
「たいていの人は、ホテルに泊まる一晩くらい加湿器なくてもいいや、と思うか、そもそもホテルで加湿をして快適に過ごそうというところまで思いつかないんじゃないかな。おれもそうじゃもん。みそきちは王様じゃけん、快適の鬼で加湿の鬼だから、いちいち加湿器車にのせて持ち歩くし、泊まる所で貸し出しサービスがあれば貸し出してくれってリクエストするけど、そこまでしない人が大半なら、加湿器の存在には気づかないなら気づかないでいてくれるままのほうが、ホテルとしては加湿器のメンテナンスの人手も手間もコストもかからなくていいんじゃない?」
「それならそれで加湿器の貸し出しサービスそのものをしないようにしたほうがカッコイイと私は思うなあ。それにね、今、こうやって、このホテルのこの加湿器を見て記憶が蘇ってきたけど、前回ここでこの加湿器の使い方がわからなくて、私が一人で苦労してどうやって使うんだろう、うーん、うーん、どうやらくんも一緒に考えてよう、って頼んだときに、どうやらくん、酔っ払ってぐうぐう寝てて、むっちゃ腹が立ったのを思い出した。過去の怒りを思い出させて夫婦円満の邪魔立てまでするとは、東横インめー!」
「やばいっ、みそきちの芋づる式記憶がっ。もうそれ以上思い出すんじゃないっ。他の怒りネタまで思い出しちゃあいけんけん、リセット、リセット!」
「それで、ここの会員カードの電話が繋がらんかったのはなんでなん?」
「なんかグループの代表サービスは年末休業なんだって。各ホテルに直接なら電話できるけど、グループ総合代表案内サービスはこの時期繋がらないって」
「宿泊業で、それって、なんだか。でも、まあ、今時のことじゃけん、電話で予約なんかすんなよ、webで予約しろよ、うちの客層はそっちだから、移動中にweb使えないようなやつは泊まってくれんでいいし、ってことなんだろうなあ」
「まあ、そうやろうなあ。あ、でも、それで、各ホテルの電話番号が載った冊子もらった。これ持ってればいつでもどこからでも電話できて便利になった」
「それと同じやつ、部屋のファイルの中にもあったよ。もらって帰ろう」
「えー、一冊あればいいんじゃないん?」
「一冊は車の中に置いておいて、もう一冊は」
「なるほど、家に置いておいて、家から予約するときに使うんやな」
「そう。だってね、以前パソコンでネット予約しようと思ったときに、どうやらくんの会員番号でログインしようと思っても、なんかうまくいかなくて、すっごい時間がかかったことがあったじゃん。もうここのホテルのwebでの予約したくないな、ってあのとき思ったもん」
「まあ、よかったじゃん。こうして加湿器も無事に使えて」
「うーん、どうやらくん、この加湿器、セットしたけど、スイッチオンにしたけど、加湿してない」
「え? そんなはずは。目に見えないだけでスチーム出てるんとちゃうか?」
「出てないって。給水してくださいのランプがついてるもん。ボタンを押しなおしても給水ランプが消えない」
「そんなはずはない。水は入れたもん。入ってるじゃん」
「それでも給水ランプがついてる、ということは、水位が足りないってことなんじゃないかな。ある程度の水圧が必要な仕組みになってるとか? まだタンクに余裕があるから、追加で水を入れようよ」
「そんな必要はない。ほら、こうやって、フィルターの底を指で押したらちゃんと水が出てきてるし、加湿するはず」
「でもさ、加湿器って、加湿器につきっきりで指でフィルターを押して水が出るように助け続けて使うようなものではないと思うんよ」
「それはそうだけど、これだけ水が入っていて、給水が必要なはずがない。他にどこかどうかしたらちゃんと作動するはず」
「じゃあ、どこかどうかしてみて」
夫、しばらく、加湿器のあちこちを触るが、給水ランプは消えず加湿もしない。
「とりあえず、タンクに水をいっぱい入れてみるよ。それでも給水ランプが消えなくて加湿できなければ、フロントに訊いてみる」
私が加湿器のタンクをバスルームに持って入り、タンクの水をほぼいっぱいにしてから、加湿器本体にセットしなおすと、給水ランプが作動ランプに変化して、しゅわーしょわーっと加湿が始まる。
「おっ。水を入れたら加湿したなあ」
「うん。給水ランプがついてるときには、とりあえず給水してやってみるのがいいと思うよ。いくら妻の言うことは聞きたくなくても、加湿器の言うことは聞いたほうがいいよ」
「みそきち、えらいっ、さすが王様っ」
「なんか、ここのホテルの加湿器に関しては、すべての記憶が、夫に関する記憶も含めて、寝てて助けてくれなかったとか、給水しようよって言っても必要ないって言ったとか、ことごとく不愉快な記憶として定着しそうだわー。こういう記憶や印象が積み重なると、もともとここのホテルの愛用者というわけじゃないけど、これまで以上に心が離れるわー」
「まあ、そういうかんじで、みそきちの気に入らないサービスを提供しているということは、みそきちの死神消費者パワー(気に入ったお店が廃業になったり商品が廃盤になったりするパワー)の魔の手にかからん、いうことじゃけん、商売としては安泰、いうことじゃろ、よかったね、東横イン
東横インは、だいたいどこも、室内灯がライトスタンドもあって明るいのはいいなあ、と思うんだけど、姫路に関しては加湿器がだめだめ。でも徳島の東横インの加湿器は、ベッドの下から出して水入れてコンセント挿し込んでスイッチオンで普通に使えてすっごく快適でよかったのに、ここのはだめだわー」
「たぶん、ふつうの人は、そこのお湯をわかしてお茶飲むときに使う湯沸し器についてる小さな加湿器で十分満足するんじゃない?」
「何度かこの湯沸し併用加湿器使ったことあるけど、このちっちゃなタンクの水を一晩で使い切らないような控えめな加湿器では、私の身を置く空間の加湿には足りん」
「まあ、なあ、足りんよなあ、おれでさえ、こっち来て目が乾いて痛いなあ、と思うもん。みそきちのドライアイ用目薬貸して」
「家族でも目薬の共用はおすすめしませんが」
「知ってる、知ってる。それにしても、ここの加湿器、うちのと違って静かだなあ」
「お湯を沸かすタイプじゃないからね、ぐつぐつしゅーしゅーお湯がわく音はしないよ。そのかわりフィルターのお手入れやお世話や買い替えが手間だしお金がかかるの。まあ、ぐつぐつ沸かすほうも水垢のお手入れやお世話は手間だけど、どっちの手間を取るかで、私はフィルターなしのほうを選んでる」
「ああ、あの水垢の手入れは、手間だよなあ、どうにかしてほしいよなあ」
「って、どうやらくん、加湿器の水垢のお世話したことないじゃん。いっつも私がしてるじゃん」
「まあ、それはそうだけど、たいへんそうじゃん」
「と思うなら、遠慮せずに、加湿器の水垢取りのお世話にどんどん参加してくれていいんよ」
「お、お、お、おおう」
夫は自分の気が乗らないことだけど私との関係性の手前同意を示したほうが得策だと判断したのであろうときや、夫がまだしていないことだけどしたほうがいいことに関して私が「どうやらくん、あれは、もう済ませた?」と訊いたときなどに、この、意気込みの全くない「お、お、お、おおう」というあいまいな掛け声を発する。
「ホテルはせっかく加湿器を用意しているのであれば、フィルターもつけて、水も入れて、室内の適切な場所に設置して、お客さんがスイッチをオンにすればそのまま使えるようにしてあるほうが、宿泊サービスとしてはスマートだと思うなあ。東横インの料金レベルのホテルにそこのスマートさを求めるのは筋違いなんかなあ。加湿器なんか用意するな、加湿器の水の中の微生物が繁殖したのが加湿で室内に行き渡る気がして気持ち悪いじゃないか、というお客様の声に応えて今の形なんかなあ」
「インフルエンザウイルスなんかは、加湿で予防できるから、加湿してるほうがいいんだろうけどなあ。あ、そういえば、少し前に会社で取引先の人が来るときに、どこでもいいから泊まるところ予約取っておいてください、って言われて、うちの会社が東横インに予約を取ってたときに、その人、こんな低級安ホテルに予約なんかして、もっと高級なところにしてほしかった、って文句言ってはったなあ」
「いや、それは、その人は、どこでもいいから、って言うたんなら、文句を言うのはいかんやろう。希望があるなら具体的に伝えておかないと。それをせずに文句だけ言うのは、それも全然スマートじゃない」
「ああ、なんか、このホテル、みそきちの怒りのスイッチをあちこち押すみたいじゃ。あぶない、あぶない」
「加湿さえスムーズにしてれば、東横イン、私たちの夫婦円満と世界平和に貢献できたのに、残念ねえ」
姫路の東横インに泊まる時には、加湿器のフィルターをフロントで借りる手間をかけること。加湿器が厳重に梱包されていてもここはそういうものだと思って心穏やかに開梱すること。組み立て方や使い方がよくわからないときには、フロントにおりてパソコンで「みそ記」を開けてここの日記を読み返すときっといろいろ思い出すと思うよ。その前にホテルの人に加湿器の使い方を訊くのがいいね。