きのこ三昧雨三昧5/4

屋根はあるけど壁はない建物の中のテーブルは分厚い木製で椅子はプラスチック製の軽いもの。
注文した品物ができましたよの呼び出し音はなかなか鳴らない。空腹な夫は「電波が届きにくいといけないから中の受け取りカウンターの近くで待つ」と言って席を立つ。私が「注文書の控えも要るんじゃない?」と言うが、夫は「それは要らない」と言い受信機だけを持って行く。
しばらくすると夫が席に戻ってきて「やっぱりこの紙(注文書の控え)も要るみたい」と持っていく。私としては内心『だからさっき私がそう言ったではないか、この妻の言うこと聞きたくない妖怪めが』と思うけれど「そうじゃろ、みんな持って行きようてじゃったもん」と情報提供のみに留める。
夫がカウンターの周辺で立って待っている間に、私がいる建物には新しい家族連れが入ってくる。両親と子供の二家族という組み合わせだろうか。両親同士が仲良しで子どもたちもそれで仲良しという風情。食堂の入り口から建物(母屋)の中を通って私のいる建物(離れ)に来るには渡り廊下を歩く。その渡り廊下部分にだけは屋根がない。3mほどの短い距離だがその部分だけは雨にぬれている。大人たちが小走りに雨に濡れないよう入ってきた後、小学生の男の子がその渡り廊下の上でぐるぐるとまわる。その男の子一人だけが建物の中に入ってこない。その子のおかあさんと思われる人が「そんなことしてたら濡れるでしょう、早くこっちに来なさい」と言う。それでもしばらくその場を行ったり来たりして男の子は雨に濡れる。今度はおとうさんとおもわれる人が「入ってこい言うてるやろ。そんなんしてたら冷えて風邪引くやろ」と言う。男の子はもう一度だけ雨の渡り廊下をぐるっと小さく一周して建物に入ってくる。
私は、あーあ、きみも雨好きなのねえ、と思う。雨に濡れるのは楽しいけれど、それで冷えた身体を放置すれば体調を崩しやすくなる。小さな子供は自分で自分の身体を拭くこともその後の保温に努めることも体調を崩した時に必要な栄養を接種したり薬を飲んだりそれらを調達する力がまだ少ない。それらのことが自分でできるようになれば思う存分雨を愉しむといいのだろうけど、それらのことが自分でできるくらい大きくなるとなぜか雨への興味が少なくなる人のほうが多いらしい。
その男の子は大人が注文に行くとき、お水を取りにいくときなど、大人が母屋と離れを行き来するたびについていっては、その渡り廊下で雨の中歩くふりや走るふり(実際には移動を伴わない足踏み状態)をする。親御さんは「雨に濡れるな、言うてるやろう、こっち来て座っておきなさい」と言うけれど、男の子は雨が名残惜しそうでなかなか言うことを聞かない。それでもようやく建物の中に入ってきて「もう、おまえはここでじっとしとけ」と叱られる。
夫がお盆に注文した品をのせて母屋から離れにやってくる。それから「おれ、イワナの塩焼き買ってくる」と言って建物の外に出ていく。イワナの塩焼きは常時焼いたものが売り場に突き刺してあるようで、すぐにお皿に入れたイワナを持って戻ってくる。
「あの機械の呼び出しの音はちゃんと鳴った?」
「うん、鳴った。壊れてなかった」
きのこご飯ときのこ汁ときのこと山菜の天ぷら盛り合わせをテーブルに並べる。いただきます、と手をあわせてから食べ始める。天ぷらには天つゆがついているけど、なんとなく塩で食べたほうがおいしい気がして「これは塩のほうがおいしいかな」と言う。
「そうかな、おれは天つゆでいい」
「そうなんだ。塩の置いてあるところに七味もあると思うけど、きのこ汁に七味は要らないの?」
「うん、要らない」
「そっか、じゃあ、私、塩だけ取ってくるね」
そう言って席を立って少し歩いたら、夫が「あっ、やっぱり、七味持ってきてください」と言う。うーん、人(私)が提案したときにすぐに「うん、そうする」と言うことができないくらいに妖怪活躍中なのねえ、空腹時疲労時は特に活躍しやすくなる傾向があるよねえ、と思う。
カウンターに置いてある塩と七味をと思うが、七味ではなく一味ばかりだ。とりあえず塩をお借りして、七味はたしか別の座席のどこかに備え付けのがあったよな、と思いそれを取って持っていく。
天ぷらに塩をぱらぱらとかけて食べる。うん、私は塩のほうが好きかな。夫が七味をきのこ汁にかける。そこでふとああ七味をかけたら(一味でもだが)私が食べられなくなることに気づく。七味をかける前にもう少しきのこ汁飲んでおけばよかったなと思うけれど、それほどきのこ汁欲があったわけでもないし、まだまだイチゴが効いているし、きのこ汁は夫一人で食べてもらってちょうどいいなと思ってそう話す。
「じゃあ、ご飯はどれくらい食べる?」
「んー、四分の一くらいは」
「もうちょっと食べたら?」
「じゃあ三分の一食べる」
「天ぷらは?」
「半分かな」
そうやってご飯を分け合って食べている間に、雨好きの男の子のテーブルではキノコとお肉のバーベキューが始まる。私たちはごちそうさまでしたと手をあわせて席を立つ。七味はもともとあったテーブルに返して、塩は受け取りカウンターの調味料置き場に戻す。
外に出て売店を見る。キノコや山菜、野菜、乾物、缶詰、ドライフルーツなどが広いスペースで販売されている。野菜のコーナーでは小学生くらいの男の子が大根の葉っぱの見栄えのよくないところは手でちぎってから見栄えがよい状態にして売り場におく作業をしている。レジに立つ女性がおかあさんなのかじっとにっこりと見ていて、男の子もときどき大根をおかあさんのほうに見せては「これでいい?」というようなしぐさをする。
出発前にもう一度あの広いトイレに立ち寄る。きのこ園にさようならをして一路自宅を目指す。その日のうちに無事に帰宅する。帰宅する前に自宅の近くのセルフ食堂で夕食を食べる。山芋やニンジン大根など旅行中にあまり出会わなかった根菜類に手が伸びる。それから家に帰って、ああ、おうちだー、と喜ぶ。出かける前に掃除しておいたから、さっぱりした気分で家に入れる。明日は旅の洗濯物をして、日常の生鮮食材を買いに行こう、そうしよう。
以上、旅の記録、おしまい。