湯畑

自宅から車で1時間弱のところにある温泉地に出かける。日帰り温泉の利用。小雨が降る日曜日は夫は山に行かないし、私は温泉に入りたい気分だったから、では一緒に行きましょうか、と。
今日訪れた温泉旅館は11時から15時のあいだ日帰り入浴が可能で、浴場は三種類。館内大浴場男女別、館内露天風呂男女別、建物から少し歩いて川沿いに降りたところにある野外混浴露天風呂「湯畑」。
まずは受付でお金を払い、タオルと巻き物を受け取る。巻き物は混浴露天風呂で身体に巻く緑色の布。女性は脇の下から膝の上までを覆えるバスタオルサイズ。男性は腰回りを覆える大きめタオルのサイズ。布の素材はタオルよりも軽く水はけがよい。
私たちは少し早く着いたため、フロントロビーのソファに腰掛けて11時になるのを待つ。夫はカフェオレを飲みながら貸出用雑誌を読み、私はソフトクリームを注文して大きなガラス窓から外の景色を眺める。
11時になる頃にエレベーターに乗って地下に降りる。エレベーターを降りて少し歩くと履き物を履き替える場所がある。自分の靴を脱ぎ、備え付けのビニールサンダルを履く。石段をてんてんてんてんと下る。石段をおりきったところに男女別の脱衣所入り口。脱衣所で裸になって緑の巻き物を身体に巻く。巻き物にはスナップボタンがたくさんついていてぷちぷちと留めて固定できるからはだけることなく巻いたままにでき、横にいくつも並んだスナップの位置でサイズ調整できるから胴体が細い人でも太い人でも大丈夫。
女性用の脱衣所から外に出ると、まずふたつの露天風呂がある。湯船のそばにある洗面器でかけ湯をする。そこからさらにもうひとつ木の扉を開けて外に出ると「湯畑」。川沿いの森の中に小さな畑のような木造りの湯船が奥からみっつかよっつ、そして立ったまま入浴する深い広い湯船がひとつ。湯船の中で縦横に丸太木が渡してありその木にもたれかかって湯に浸かる。
先に入っていた夫に訊くと、男湯は脱衣所から外に出たらすぐにこの湯畑なのだそう。
湯畑では作業服姿のおじさんが湯船の木の葉を網ですくい取るなどのメンテナンス中ではあるが「どうぞお入りください」とのことだからのんびりと入る。
まずは一番奥の湯船に。川のせせらぎと鳥の鳴き声と森の緑を浴びる。お湯が少し熱い。
奥から二番目の湯船に移動する。こちらはお湯の温度が少し低くて入りやすい。湯船の中に設置された長椅子のような板に腰掛ける。それからその板に横たわる。湯船の淵に頭をのせて空と木のてっぺんを見る。
もうひとつの湯船に移動する。さらに温度が低いお湯でさらにゆっくりと入れる。夫は夫で湯船の中の板に横たわり、私も私で横たわる。
お湯は温泉は温泉なのだが、ここは温泉に入る、というよりも、裸で森林浴をするために寒くないように温泉に入っておく、というかんじ。森林浴好き温泉浴好きの私には満足度の高い構成。
立湯に移動する。最も川に近い位置に立ち湯船の淵に腕をかけお湯の底から足を離して浮かぶ。目をつむる。川のせせらぎ。鳥の鳴き声。木々のざわめき。風が頭と湯の上の肌をなでる。
今一度中程の温度低めの湯船に入る。夫と私以外の誰もお客さんはいない。
12時からの釜飯お昼ごはんに間に合うように1時間程度でお湯から上がる。
私は先に上がり、女性用脱衣所の手間にある女性専用露天風呂に入る。緑の巻き物を身体から外す。ああ、はやりお湯の中では何も身にまとわず完全に裸でいるほうが皮膚がお湯の中で自由だ。
私達二人以外にだれも日帰り入浴客のいない館内はひっそりと静か。食事処に用意された釜飯はもう炊きあがっている。旅館の人が「よくよく混ぜて食べてくださいね。お食事の後はまたごゆっくりとお風呂をお楽しみください」と言って出てゆかれる。
筍と人参とキノコと鶏肉の釜飯。みそ汁。温泉卵。ヤマゴボウと大根の漬物。ひじきの佃煮。
あれこれ世話をしてもらうよりも放っておいてもらうのが好きな私にはこの放置加減がちょうどよい。
食事を終えたら、食事処の隣にある日帰り入浴者がくつろぐ場所に。ソファとテーブルがいくつかある。大きな窓からは森が見える。私は靴を脱いでソファに横になる。夫が「お客さん、横になるのはちょっと」と咎める。他に誰かいれば控えることだけど、誰もいない今は身体を横にしたい。本当は日帰りでも部屋を借りて和室で横になりながら入浴したかったのだけど、日帰りでの部屋提供はしていないということだったから。夫はソファに座って新聞を開いて読む。
川の音と鳥の鳴き声と木々のざわめきと夫がめくる新聞紙の和音の中で身を横たえる。
しばらくすると窓から入るひんやりとした川の風で身体が冷える。もう一度今度は館内の露天風呂に入りに行きましょうか、と、起き上がる。
館内露天風呂でも女湯は私ひとりで、男湯も夫ひとり。お風呂から上がったら、さきほどのソファのある場所に集合。私はソファのあるスペースに設置されている冷たいお茶をプラスチップのカップに入れて飲む。それからまたソファに少し横になり、湯あたり手前の身体を冷ます。
13時半頃には夫が「もう帰りましょうか」と言う。「三時までいていいんだよ」と言うけれど、もうこれ以上はお風呂はいいし、眠たくなってきたから帰って食料買い出しをして家で横になりたいとのことだから、ではそうしましょうと旅館を出る。ロビーとフロントにいる従業員さんに「ありがとうございました」と挨拶してから出る。誰もいなくて静かな旅館であった。
私達と入れ替わりに日帰り湯畑入浴のお客さんが男女一組お風呂に向かう。
日帰り入浴、というよりも、日帰り森林浴だけどハイキングじゃなくて温泉に入りながらがいいな、という気分の時にはまた来るかなどうかな。