シャクナゲの存在

食材買い出しに出かけた帰り道、道路脇の民家の横にいくつかの鉢植えが見える。夫が「もうシャクナゲが咲いてるのかあ」と言う。「どれがシャクナゲ?」と訊くと「あれ」と指差す。「大きめの桃色の?」「そうそう」。私はそれがシャクナゲだとは気づかず、大きめの赤色っぽいお花だねえ、くらいに思えば思っただろうか。
シャクナゲがもう咲いてる、というのは?」
「去年、富士写ヶ岳(ふじしゃがだけ)に行った時に『もう少し早く来たらシャクナゲの群生が見れたのかー』と思ったのを思い出して。地上が今くらいなら山で咲くのはもう少し先でおれが山に行ったのはそれよりさらに夏に近かったなあ」
シャクナゲを狙って行ったのに見れんかったん?」
「ううん、全然。行ってからたまたま本を見たらここにはシャクナゲがいっぱい咲くって書いてあったけんそうなんかーと思って」
「四月の後半に下界でシャクナゲが咲くということは山の上でシャクナゲが咲くのは五月くらいなのかな」
「そうかなあ、と思って。おれが富士写ヶ岳に行ったのが六月だったからなあ」
「あ、でもでも、シャクナゲってなんかの歌に出てきたよね。ええと、夏がくーればおもいだすー、っていうやつ」
「ああ、出てきたかも、ぶつぶつぶつぶつ(口の中で歌詞を思い出す)」
水芭蕉の花が咲いてる、とも歌ってるよねえ。水芭蕉シャクナゲは同じ時期なのかな」
「いや、水芭蕉はもう山では咲いてるところは咲いてる」
「んん、ちょっと待って、あの歌の中では『水芭蕉の花が咲いてる』だけど、シャクナゲに関しては『シャクナゲ色にたそがれる』だけで別にシャクナゲは咲いてるわけじゃないのかも」
「そうやなあ、どうなんやろうなあ」
「でもあの歌は場所が尾瀬だよねえ。尾瀬は暖かくなるのが遅いけん、尾瀬では水芭蕉シャクナゲも夏の花なんかなあ」
「どうなんかなあ」
夫のように道端でシャクナゲを見かけたときにシャクナゲシャクナゲとして認識できると世の中のシャクナゲの存在に気づきやすいのかもしれないなあ。