電王戦でんおうせん

仕事から帰宅すると夫がこたつでテレビを見ていた。荷物を置いて手を洗いうがいをしてから私もこたつに入る。夫が今日登った山の写真をデジカメの画面で見せてもらう。「ずいぶん遠くまできれいに見えるんだねえ」と感心すると夫は「今日は曇っていたけど、晴れの日で空が青いときよりも遠くまでよく見えた」と言う。「それはどうやらくんの目が今日はよく見えた日だったのかな。それとも空気がそういう状態だったのかな」と問うと「空気の状態」だと言う。
私は仕事でお腹がしっかりとすいているし、夫は山からおりてきてお腹がしっかりすいているから、今日の夕食はちゃんこ鍋。ちゃんこ屋さんに出かける支度をしているときに、テレビのニュースが「電王戦」の話題を放送し始める。夫が見入る。
「ねえ、ねえ、どうやらくん、電王戦はどうして『でんのうせん』じゃなくて『でんおうせん』なの? どうしてリエーゾンしないんだろう。大阪の天王寺駅(てんのうじえき)なんかでも『てんおうじ』じゃなくてリエーゾンして『てんのうじ』になるじゃん」
「だよなあ。なんでやろうなあ」
「教えて! 将棋に詳しい人(我が家で私よりも)!!」
「うーん、なんでやろうなあ。あっ、わかった。竜王戦とかも王がつくし、王の字が出てきたら『おう』の発音で揃えたいんじゃないかな。将棋の世界としては」
「『おう』がつく他のものはなにがあるの?」
「うーん。王将戦
「他には?」
王座戦
「他は?」
「きおうせん」
「きおうせん、の『き』はどんな字?」
「将棋の棋」
「ああ。そうか。なるほど。それだけ『おう』で発音する他の仲間の試合があるんだったら、電王戦も『でんのう』じゃなくて『でんおう』と発音したくなるか。いや、待って。わかった!」
「なにが?」
「あのね。『でんのう』と発音するとね、電脳と混同しやすくなるから『でんおう』にするんじゃないかな。ほらコンピュータのこと電脳って言うじゃん。電王戦はコンピュータとの勝負でしょ。電脳戦じゃなくて電王戦というタイトルなんだよ、というのを発音で明らかにしたくて『でんおう』」
「ほう、なるほど」
このたびの電王戦は電脳のほうが優勢な様子であった。