指差す先

外食先の飲食店で夫が「見て、見て」と私に向かって小さな声で話しかけてきてそっと前方の何かを指さす。私はとっさに『もしや、カメムシ?』とこころの中で身構える。ぱっと見たところ特別何もなく私は夫に「何があるん?」と聞く。夫は「そこ」と言うだけで左手の人差し指を立てている。なんだろう。夫の指が怪我でもしているのかしら、と指を見るがなんともなっていない。夫がさらに「指の先の木の上」と言うのに応じて目をやると食卓の中央を仕切る木のついたての上に十円玉がひとつのっているのが見える。
「なんだー、これがどうしたの?」
「こんなところにお金が」
「うん、でも、私たちのお金じゃないよ」
「でもお店のお金でもないやろ」
「どうかなあ。あとで掃除のときに気づいたら入り口の募金箱に入れてかもしれんね。もう、黙って指差すからカメムシかと思ったじゃんかー。飲食店で目の前にカメムシがいるところで食事をするのは避けたいよー」
「ええー、黙って何かを指差すのはカメムシの合図なんか?」
「うん。私にとってはなんとなく」
カメムシは動くし臭うけど、十円玉は動かさなければ動かないしニオイもしない、いいやつ。