風船支柱とおまけパフェ

仕事から帰って着替え、洗濯物を取り込む。ベランダのフウセンカズラの植木鉢にツルマキ支柱を立てる。
フウセンカズラは職場の先輩が分けてくれた苗を植えてみたらぐんぐん大きくなったもの。そろそろどこかの園芸コーナーでツルマキ支柱を購入しようと思いながら暮らしていると、通勤途中の民家の庭先などいろんなところで園芸用支柱が目にとまる。
数日前、仕事がもう少しで終わりそうな閉店業務中に店内でふと「あっ、こんなところにツルマキ支柱がある。今まで全然存在に気づいてなかった」と薬局内の観葉植物を触る。フウセンカズラの先輩が「なになに、支柱が要るの?」と問われるから「いただいたフウセンカズラが随分大きくなってきたからそろそろこういうかんじの支柱を買って支えてやろうと思うんです。ベランダでちょうどいいくらいの『あんどん仕立て』というのにしようかなーと思って」と話す。するとフウセンカズラの先輩とは別の先輩が「えー、どうやらさんちはせっかくアジアンテイストで素敵なおうちなのに、こんなプラスチックの支柱なんか使っちゃダメダメ」と言う。いつの間に我が家はアジアンテイストになったのだろうか、いや、まあ、まごうことなくアジアの一部ではあるのだけれど。
「ううむ、こういうかんじの支柱でないとなると、何でどう支えてやるといいんでしょうか」
「えーとね、木の枝を使うの」
「木の枝、ですか」
「たぶんうちの庭の木を剪定したときの枝があると思うの、使う?」
「わー、いいんですかー。今日帰りにいただきに行ってもー?」
「少々お待ちくださいませ、たぶんあったと思うんだけど、もしもないといけないから、帰ってみて確認してからメールするね、それからでもいいかな」
「もちろんですとも、ちっとも急ぎません、今日でなくても後日でも。どうぞよろしくお願いします」
そんな話をしてから仕事を終えて退勤し自宅駐車場に到着する。携帯電話に電話番号宛のショートメッセージが届いた音がする。木の枝の先輩からのメール。
「枝、ありました」「1本1メートルくらいのものですが」「よろしければ、玄関前に出しておきますのでいつでも取りに来て好きなだけ持って帰ってください」
私は荷物を持っていったん自宅に帰る。カバンを置いて返信を打つ。「わーいわーい、ありがとうございます。これからすぐにいただきに伺っても差し支えないでしょうか」
先輩からの「了解。お待ちしてます」の返信を受け、仕事道具は家に置いて自宅を出る。
職場と私の家の間くらいの位置にある先輩のご自宅に着く。呼び鈴を鳴らすと仕事服から私服に着替えた先輩が出てきて「枝ね、これなの」と玄関前に並べた枝を示す。
これまで自宅で独自に支柱が必要な種類の蔓植物を養育した経験がない私は園芸初心な質問をあれこれと投げかける。先輩は「木の枝を3本でこんなかんじのドームみたいな支柱にしても素敵だと思うし、5本でドームっぽくしてもいいと思うの。さきっちょは紙紐か何かでくくってもいいけど、どうやらさんの旦那さん山に行くでしょ。旦那さんに山道でちょうどいい枯れた蔓植物が落ちてるのを拾ってきてもらえるんだったらそれで結わえても可愛いと思うなあ。さらにその蔓で支柱と支柱の間をつないでフウセンカズラを這わせる道にするのもありじゃないかな」と教えてくれる。私は玄関前にしゃがんだまま「わあ、すてき、すてき」とうっとりする。先輩の話を聞きながら想像すると、我が家のベランダでフウセンカズラが風船を鈴なりにしゃりしゃりと(フウセンカズラがしゃりしゃりという音をたてるかどうかは知らない)揺らす様が思い浮かべられて脳内に快楽汁があふれる。
それから数日後の本日、仕事から帰りベランダでその支柱を植木鉢に突き刺した。大きな植木鉢のほうには5本、中くらいの植木鉢には3本。それぞれをてっぺんで束ねて紙紐で結わえる。枝はドームを形成するのにちょうどよいしなり具合でなんとなくすでに行灯型。
今日山に行くという夫に昨夜「もしも山道に枯れた蔓植物の蔓の部分が落ちていたらお山に頼んで分けてもらってきてほしいの」と頼んでおいたのだが、夫は「そんなん見たことない。今の時期は山の植物はどれも青々として生々しい」と言っていたので、蔓の帰宅は待たずに家にある茶色い紙紐で支柱のてっぺんを結わえた。
フウセンカズラの苗と呼ぶにはもう大きくなった蔓っぽく成長した黄緑色の茎と葉を木の枝の支柱にもたれかけさせ支柱に巻きつくようなんとなく誘導する。うまく巻き付いてくれるのがたのしみ。
夫の本日の山は白山。白山名物クロユリが咲いていたがクロユリの旬はまだまだこれからなのだとか。クロユリの存在に気づかずふつうに歩いていたら、写真を撮る人たちが「クロユリの写真を撮っているんですよ」と夫に声をかけてくれて夫もクロユリの存在に気づきクロユリの写真を撮って帰ってきた。クロユリ以外の名前を知らない高山植物の写真もあった。白山にはクロユリを愛する人が多く訪れるのかもしれない。そして夫は「山道にはやはり枯れた蔓は落ちていないというか、歩いているときにいちいち蔓が落ちているかどうか気にしていない」「やはり今の時期の山の植物は青々として生々しく、かといって冬になると雪に埋もれて見えなくなるし、ちょうどよく枯れた蔓なんかあるのかなあ」と言う。さがしものはないと思ってさがすのではなくて、あると思ってさがすのがいいと思うな。
そして今日の夕食は自宅でゆがいた全粒粉入り素麺とキュウリとトマトとテイクアウトのケンタッキーフライドチキン。私が素麺の支度をしている間に夫がケンタッキーフライドチキン屋さんまで行って来てくれた。もともとはチキン4ピースとフライドポテトとコールスローサラダのセットを予定していたのだが、店頭でそのセットを注文したらお店の人が「今ですと、チキン3ピースとフライドポテトとコールスローサラダとビスケットの夏のセットにチキン1ピースを追加してもご注文頂いたバリューパックと同じお値段なのでおすすめです」と案内してくれたのだとかで予定外のビスケットが一緒に帰ってきた。そして「いただきます」と食べ始め、「私まえまえから一度ケンタッキーフライドチキンをお箸で持って食べてみたかったからうれしいな」と話す。夫は手で持ったチキンにかぶりつきながら「うーん、これは手で持つこの手の五感も含めてのおいしさだと思うけどなあ」と言う。
「どうやらくん。この箱の中にあるチキン、今どうやらくんが食べてるのと合わせて3個に見えるんだけど、この一番大きいのがかなり大きいから1個で2個と数えるのかな?」
「え? どういうこと?」
「チキンはよっつかと思ってたんだけど」
「4個買ったぞ」
「うーん、でもね、私、3個に見える」
「ええ? あれ、ほんとや、これ、3個だなあ。どう見ても3個だなあ。えーと他には」
「うん、ポテトでしょ、コールスローでしょ、それからビスケットとメープルシロップ
「そこまでがセットで、もう一個別に単品でチキン1ピースのお金払ってるんだけど、ほら(レシートを出す)」
「うーん、ないねえ。どうやらくんの車の中にチキンがポロッと落ちてたりしないかな」
「へんなブレーキ踏むこともなかったし落としてないなあ。あったかいものはまとめてビニール袋に入ってたから車からうちまで歩いてくる間にも落としてないはず。うーん、どうしようかなあ、電話してみる」
夫はそう言ってレシートを見ながらKFCに電話する。KFCの人はすぐに店頭での経緯とチキン1ピース入れ忘れの記憶を思い出し「申し訳ございません、すぐにお届けに伺います」と対応してくださることになった。しばらくして玄関先で夫が不足分のチキンを受け取る。
「お詫びにってデザートくれちゃった」
「チキン1本なのにわざわざ持ってきてくれちゃってよかったね。しかもデザートのおまけまでつけてスタッフ一人抜けて配達してケンタッキーさんお疲れ様でしたありがとうだなあ。デザートはなんだろう、アイスかな。冷凍庫に入れたほうがいいんかな」
「アイスじゃないと思う」
「なんで?」
「だって、デザートって言ってた」
「デザートならアイスの可能性もあると思うけど」
ガサゴソと紙袋を開けてみると中身は『フローズンパフェ、マンゴー&パイン』2個。クリーム部分はラクトアイス、フルーツ部分は氷菓
ラクトアイスとか氷菓って書いてあるのはアイスだと思うな」
「デザート、アイスだったんだー」と言いながら夫はマンゴーパインパフェを冷凍庫に片付ける。
食後しばらくして冷凍庫からマンゴーパインパフェを取り出して食べる。おいしい。一度に一個食べるのは無理かも、残ったら蓋してまた冷凍庫で保管しておこう、と思いながら食べたが、結局一度で食べきれた。夫は「あ、これ、うまいじゃん。単品で買ってもいいかも。まあ、これだけのためにわざわざケンチキ(KFC)には行かんじゃろうけど」と言う。私は「でも私は私がうまく食べきれない一般的なパフェよりもこっちのほうが好きかも。これなら大きすぎなくて私でも一度に食べきれる」と主張する。
今回もらったマンゴーパインパフェの氷菓の部分はマンゴーとパイナップルの味もおいしかったけれども、その合間合間に口の中にあたるカリカリシャリシャリとした氷の食感も冷たくておいしかった。かき氷は冷たすぎて全部食べることができないが、これなら私にも全部食べられる。KFCホームページのメニューを見ると、フローズンパフェはショコラとマンゴー&パインの2種類なのに、私が食べられないショコラではなく私も食べられるマンゴーパインのほうを持ってきてもらえてよかったなあ。