実を待つ

ベランダのフウセンカズラはどんどん背を伸ばし、日々支柱の高さを軽々と超える成長を見せるようになった。支柱の高さを超えたものははさみで切る。するとその枝のもう少し低いところから新しい芽が出て横に伸びまた上を目指す。切った茎と葉をチャイグラスに入れて卓上に飾ったものは切り口部分が変色することもなく延々と卓上を飾ってくれた。新しく切った茎が出るたびにチャイグラスの中に追加し卓上で愛でることを繰り返していたが、あまりにもその量が多くなってきたので、卓上での楽しみは完了として、切った枝葉はそのままゴミ箱へとお見送りするスタイルに変えた。
その後花は咲き続け、すでに何百の数で咲いて散ったのではないかと思う。咲いては散り、咲いては散る。
フウセンカズラの苗をくれた職場の先輩が「フウセンカズラ、風船できたねー」と言われる。
「ええーっ、いいなー。うちのフウセンカズラは花は咲いても散るばかりで全然フウセンになりません」
「あらー、そうなの。うちのは下のほうの低いところにフウセンがなってたよ。でも、ほら、どうやらさんのところはうちよりもあとに植えてるから、もうちょっと待ったらできるよ」
「そうですね、楽しみにしていようっと」
そんな話をして一週間経ち、十日経ち、昨日の仕事のあと、
「うちのフウセンカズラ、花が散り続けております。散ってもまた新しく次々咲くのは咲くんですが、『あなたがたは椿ですか』という風情で散るんです、ぼたっ、ぼたっ、と」
「それがさー、私、あんなに偉そうに、うちにはフウセンなったよっ、って自慢してたのに、よーく見たらフウセンたった三個だったわ。もっとなってるつもりだったのに、まだ三個しかなかった」
「三個でもいいなー、いいなー、ですよー。でも、先輩のところが三個ということは、うちはまだまだこれからなのかも。噂によるとフウセンカズラの開花時期はけっこう晩夏から初秋くらいまで長く続くみたいですもんね。フウセンはもっとあとなのかも。私フウセンが楽しみなあまり焦りすぎだったかも」
「うんうん。フウセンがならなくてただのカズラで終わったらそれはごめんねえ、だけど、もうちょっと待ってみてやって」
「フウセンこそまだですけど、緑の行灯としては素晴らしい行灯になってるんですよ。緑の葉っぱと花だけでも見た目に涼しくて可愛くて既に大満足なんですけれど、あまりにもフウセンに対する期待が先走ってて、フウセンと種が見たくて、フウセンカズラに無理な急成長を望んで毎日睨みつけてたかも、私」
「でも、どうやらさんから聞くまで、白い花の中に黄色い部分があるだなんて全然気づいてなかったから、どうやらさんの観察力でまたいろいろ見て観察日記を話して聞かせて」
「はい、がってん承知いたしました。ところでフウセンカズラのフウセンは、花のあとにどんなふうにつき始めるんですか? いきなり大きいフウセンがつくんでしょうか? それともちっちゃな赤ちゃんフウセンからちょっとずつ大きくなるんでしょうか?」
「そんなこと私が知るわけないってー。花の中の黄色に今まで気づいていなかったくらいなのに。でもそういえばほんまやなあ、どうなんやろうなあ、フウセン最初は小さいんかなあ、うーん」
「ではっ、我が家のフウセンカズラを引き続き睨みつけてフウセンの発生とその後の経過にも目を光らせます」

そんな話をして昨日の仕事を終えて帰り、フウセンカズラに水をやり、あー、まだ、フウセンないなー、と思いつつ、明日はまた散髪してあげようと考える。昨日は仕事が少し早く終る日だったから、隣県に落語を聞きに行こうかと計画していた。帰宅して夫に「落語の前に早めの夕食としてお魚を食べて行くのはどうかしら」と提案すると「いいけど、そんなに魚欲がないなあ」と言う。「お昼ご飯は何を食べたん?」ときくと「吉牛(吉野家の牛丼)」と夫は言う。そりゃあ、牛丼で動物性タンパク質たっぷり摂取してたら魚欲はないだろうな。「それじゃ、うちでトウモロコシを茹でてそれを食べてから落語に出かけるのはどうかな」「うん、それがいい、トウモロコシなら食べられる」
それでは、と、お湯を沸かしてトウモロコシを茹で始める。魚に備えてあえて空腹にしておいたお腹にプチトマトやブルーベリーを入れて少しずつ満たしてゆく。トウモロコシが茹で上がるまでもう10分ちょっとかなーと思っていると、夫が「やっぱり魚食べに行こうか」と言う。
「う」
「嫌ならいいけど」
「もうトウモロコシを茹でてるから。魚を食べるならトウモロコシを食べずに行きたいけど、トウモロコシを茹でたものを明日まで放置するのはよくないと思う」
茹で上がったトウモロコシをトングでつかんでザルにあげる。自然放置で熱をとる。手で直接持ってもやけどしないくらいに冷めてから食べる。うわあ、おいしい。いっきに一本食べつくす。自室から居間に戻ってきた夫に「トウモロコシ、すっごくおいしいよ」と伝える。夫は「食べる」と言って座る。「もし牛丼でお腹いっぱいでトウモロコシ1本が多いようなら私半分手伝うよ」と申し出る。夫は「だいじょうぶ。1本食べる」と言って「わー、あまいなー、うまいなー」と言いながら食べる。
それからしばらくゆっくりと過ごす。夕方6時になってから高速道路で寄席に向かう。開演は7時半。寄席がある施設は日帰り温泉入浴もできる。夫が入浴している間、私はマッサージ椅子に身を委ねる。マッサージがおわったところで会場の隣の待合室へ移動する。ほどなくお風呂からあがってきた夫がやってきたので一緒に会場に入り椅子に座って開演を待つ。
笑福亭享楽さんの「寄合酒」を聞いて満足して帰る。夫が「小腹がすいたな」と言う。私はコンビニでおにぎりを買って帰って食べようかなと思っていたのだが、夫が「回転寿司で量を調整しながら食べるのがいいな」と言うのでそうしましょう、ということに。「落語はいいね」「落語おもしろかったね」と何度も何度も満足を語り合いながら回転寿司の魚に満たされる。はあ、たのしかった。