山と渓谷ムコダイン

かかりつけの歯科では受診したときに待合室に置いてある「山と渓谷」という雑誌を読む。夫は山には行くがこの雑誌は購読していない。山に行くのは好まないが山の姿形を実物でも写真でも映像ででも見るのは好きな私にとってこの雑誌はなかなかにたのしい。しかし自分で買って読むことはない。この雑誌にはいろんな山用品の広告が掲載されているのだが、それを見るのもいちいちたのしい。
記事の内容はひょえええと思うような内容もあれば、ああこれは夫にはミーハーに感じられるかもしれないなあ、こういう雑誌で山歩きを煽るから山に来る実力もマナーもなってないやつが来るんや、とか言いそうだなあ、と思うような内容もあり。
山には行かない私がこの雑誌を興味深く読んでおくと、夫の山の話を聞くときの予習復習にもなるのが便利。
夫との会話は常に弾みまくるわけではないが、ちっとも会話が弾まないよりは、ときどき会話が弾むとそれはそれでやはり愉しいから、適度に相槌が打てて適度に無知で質問して夫の説明を聞けば理解できる程度の山知識の基礎力を養っておくのに、歯科待合室の「山と渓谷」はまったくもってちょうどよい。
ちなみに先々週治療してもらった(昔の処置歯の詰め物が取れたための治療)歯はその後も順調で元気に咀嚼に励んでくれている。
今日はその処置歯の経過確認と定期健診とクリーニング。
前回受診を終えたときに処置室を出ようとしたら歯科医の先生が「そういえば、このまえうちの子がまたどうやらさんの勤め先の薬局で薬をもらったんですよ」と言われた。この先生は前回(半年以上前になると思うが)の診察のときにも「この前うちの子の薬をもらいに行った薬局の壁にかけてあった薬剤師免許証の名前が、どうやらみそ、さんて書いてあって、こんな珍しい名前の人ぜったいうちの患者さんのどうやらみそさんのはずや、と思ったんですが、薬渡してくれた薬剤師さんも調剤室の薬剤師の人もどうやらさんじゃなかったんです」と言われ「そうでしたかー。それは私は別の薬局の勤務日だったか、休みの日だったかのどっちかだったんですかねえ」という話をしたことがあった。
そして今回また先生のお子さんが私の勤務先薬局で薬をもらったという話をされたので「まあ、そうだったんですか。その後お加減はいかがですか」と言いながら、先生の苗字と同じ小児患者さんの名前をおぼろげに脳内検索するがどの子かちっともわからない。
「おかげさまで、もう殆どいいんですけど、うちの子と嫁さんが薬もらいに行ったんで、うちで『お。この薬の袋は、どうやらさんの勤め先の薬局やないか。どうやらさんいたか』って訊いたらふたりとも『わからん』言うんです。『ダメじゃないか。おとうさんの患者さんの薬剤師さんなんだから、名札にどうやらさんの名前が書いてあったら、この人かー、と思わなあかんやろ』言うたんです」
「いやいや、先生、そんな、薬局の薬剤師の名札いちいち見ませんって。薬もらいに行った薬局に、自分の配偶者や父の担当患者が働いているかどうかなんて気にしませんって。具合よくないときにはそんなこと気にするよりもきちんと薬飲んで治すことにエネルギーを使わなくちゃ、です」
「そうですかねえ。ところで、うちの子、歯はいいんですが、鼻耳喉にいろいろ出やすい子みたいで、よく耳鼻科でお世話になるんです。耳鼻科の先生、抗生剤だけじゃなくてほとんど毎回必ずムコダイン(一般名カルボシステイン)を一緒に処方されるんですが、ムコダインは飲んだほうがいいものなんですかねえ」
ムコダインですか。ああー、私、ムコダイン、大好きなんですよー」
「え、好きなんですか」
「はい。錠剤でもドライシロップでも味も喉越しもいいんですが、その作用がまた素晴らしくてですね、なんていうんでしょう、鼻とか喉とか耳とかで炎症起こして場合によっては化膿を伴っていたりして、こう、鼻汁や痰や浸出液がネバネバジュクジュクしてスッキリしないときにですね、ムコダインを使うと、そういうネバネバジュクジュクしたものを、箒で掃除するみたいにささっとかき集めてコロコロっとまとめて塵取りに入れてポイっと捨ててくれるかんじできれいにしてくれるので、すっきりして、粘膜としても微生物と闘ったり回復したりする余裕が増える、とでもいうんでしょうか」
「おおー、それは薬の有用性がわかりやすいですねえ。歯科医的には消炎鎮痛剤や抗生剤は使うことがあってもムコダインを処方することってなかなかないんで、なるほどー。もう一個いいですか。うちの子、トランサミン(一般名トラネキサム酸)もたまに一緒に処方されるんですが、あれも飲んだほうがいいものなんですか」
トランサミンが処方されるということは、どこか粘膜に炎症があって赤みや腫れが生じてるんだと思うんですね、そういう時にはトランサミンを使ったほうが治りがはやくてラクなんです。赤みや腫れがそうでもないときにはトランサミンは使っても使わなくてもどっちでもですけど、個人的にはトランサミンも皮膚や粘膜の再生力がぐんと上がるかんじが好きなのでおすすめしちゃいますねえ」
「そうなんですか。それでだいぶんまえにどうやらさんフロスかけすぎで歯茎が痛くならはったときにトランサミンを希望されたんですね。それまでうちでは処方したことなかったから、へえ、こういうときにトランサミン使うんやあ、と思いながらロキソニンと一緒に処方さしてもらったんでした」
「ああ、あのときは面倒なお願いをしましてすみませんでした。レセコン(医療事務用のコンピュータ。医療業務内容の入力や保険請求業務を行う機械。医師の処方箋の発行業務も行う)の使用薬剤にトランサミンの新規登録作業していただいたんですよねえ、お手数だったでしょうに、ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ引き止めてすみません。治療に来てもらったのにお薬相談なんかして」
という会話があった。
そして今日歯科クリーニングを受けに行ったら、先生が「先日はお薬のわかりやすい説明ありがとうございました。うちの嫁さんと子どもに話して聞かせたらえらい納得して薬飲ませたり飲んだりしてましたわ」と言われる。
「まあ、そうでしたか。どういたしまして。お子さんはお加減はもういいんですか」
「はい、もう、だいぶん前から薬は全然飲まなくてよくなって。今はすっかりふつうです」
「ああ、それは、よかったです。一安心ですね」
そして私の歯科検診も完全勝利(検診結果によって、歯科医師や歯科衛生士さんとの勝負の勝ち負けを自分で密かに勝手に決めている)とは言いがたいが引き分けよりはちょっと勝ちに近い一安心な内容で、プロの手で機械できれいにクリーニングしてもらった歯と歯茎はさっぱりスッキリ気持ちがよくて、たとえば入院中だとか日帰り利用やショートステイで利用するような施設では口腔クリーニングのサービスを受けられる未来に私は行きたいなあ、とじわじわと願う。その未来には入院中やステイ利用するような施設内にリクライニングチェアで髪を洗ってもらえるサービスもあるといいなあ。
それよりも身近な未来には、ちょっと上等なホテル内にでもいいから、アカスリやマッサージやリフレクソロジーやフェイシャルエステやボディエステなどなどのようなかんじで利用できる口腔クリーニングサービスがあるようになってくれたら旅先で使いたいなー。歯科クリーニングは医療行為ではあるけれど、歯科衛生士さんが歯科院内以外でもその技術をもっと世にあまねく提供できる世の中になると私としてはうれしいなあ。まずは在宅老人を訪問して口腔クリーニングするサービスがふつうにお願いできるようになるといいなあとは前々から思ってはいるのだけれども、在宅老人に限らず、在宅療養中の人や、入院中の人、あるいは、歯医者さんに行ってやってもらうのにはちょっと難があるけれど来てもらえるならしてもらえるような人のところに歯科衛生士さんとできれば専用のリクライニングチェア一式も一緒に来てくれるような時代になるといいなあ。そんなふうにできるいい方法ができあがるといいなあ。