長い下諏訪初日前半

5月2日土曜日出発で長野県の下諏訪に来た。夫の目的は百名山の蓼科と霧ヶ峰。私の目的は温泉宿だらり滞在と楽譜遊び(楽譜遊びについてはおそらく後述もしくは別途書く予定)。
自宅を出る前に洗濯機を2回稼働させて1回めのものを外に干して乾かしている間に2回めの洗濯を行う。それと同時に食洗機であるだけの洗い物を済ませ乾燥終了したら食器棚に片付ける。家中を掃除機でざあっと掃除する。2回めの洗濯物が仕上がる頃には外の洗濯物は半分以上乾いている。サンルームにすべての洗濯物を干して戸締まりをする。こうしておけば帰宅した時の家はさっぱり快適でやり残しの家の雑務がない状態で「ああ、帰ってきてよかった、旅先もいいけどお家も最高」と帰宅の歓びに集中できるはず。
出かけてすぐに最寄りのコンビニによりATMでお金をおろす。夫に紙幣を渡しつつ「4泊5日でどうだろう4万円で足りるかな」と訊く。
「宿泊ひとり七千円、一室一泊1万4000円くらい?」
「うん、それくらい。正しくはひとりあたり一日6500円かな。あと昼ごはんと夕ごはんとで、どうかな、4万5000円かな」
「わかった、じゃあ、4万5000円預けるね、ここからふたり共通の支払い一式お願いします」
私のお財布には自分ひとりで何かを買って食べたり現地の何かを購入するお金だけ持つ。おとなのお財布にしては控えめな高校生の小遣い程度の金額だが、職場におみやげ菓子を買いたいのと、長野のおやきを買って食べたいのと、旅のソフトクリームを買いたいのと、温泉銭湯の入浴料金数百円を使いたい以外にはこれといってお金を使う予定がないのでこれくらいあればいいか。あ、そうだ、車のガソリンを満タンにしておかないといけないからその金額も予算に入れて。
高速道路走行はほぼ渋滞もなく概ね順調で、快晴で気持ちはよかったが暑かった。
途中賤ヶ岳サービスエリアでおにぎりを買いベンチに座ってお昼ごはんに食べる。賤ヶ岳サービスエリアのレストランはいつの間にかなくなっておりレストラン利用はできなかったが、焼き鯖のおにぎりとちりめん山椒を混ぜ込んだご飯を高菜の葉っぱで包んだおにぎりが思った以上においしい。食後にはサービスエリアで購入したあんこ入り和菓子を車中でわけあって食べる。和菓子は菓匠禄兵衛さんの「本之木餅」。ああ、そうか、この和菓子屋さんの住所が滋賀県の木之本(きのもと)でそれをひっくり返して本之木、そのあとに餅をつなげることによって音が「ほんのきもち(気持ち)」になるのか。
滋賀県の木之本地方では竹の皮に包んで蒸したでっち羊羹が名物で、木之本周辺に来た時に見つければ必ず買うようにしている。
この地方にある私のお気に入りのお宿ではウェルカム茶菓子にでっち羊羹とお抹茶を出してくれる。でっち羊羹の存在はそのお宿に初めて泊まったときに知った。
昨年友人らとこの宿を再び訪れた時にもでっち羊羹が供され、友人が「これはどこのお店のものですか、どこで買えますか」と宿の方に尋ねたときに「今お出ししているのはどこどこのものなんですが、以前は菓匠禄兵衛さんというところのものをお出ししていたんです。和菓子屋さんは何軒かあってどこもそれぞれにでっち羊羹を作っています。菓匠禄兵衛さんはお店が開いていれば品揃えも豊富でおみやげを選ぶのにはたのしいかと。禄兵衛さんは息子さんの代になってからはお菓子の種類も増えて都会での営業や通信販売にも力を入れるようなったので木之本においででない方にも食べていただけるようになったんですよ」という意味のことを案内してくださった。ほうほうとその説明を聞き翌日菓匠禄兵衛さんのお店の前を通ってみたらその日は休業ではあったもののガラス越しに見える店内の様子も品揃えもなんというか「菓匠」という名前にふさわしく豊かだった。結局は私が気に入っていつも利用している個人商店、店内の様子も品揃えもなんというか素朴すぎる小さな商店ででっち羊羹をそれぞれに買って帰った。随分高齢のおじいさんがひとりで店番をしておられ包装紙ででっち羊羹を包んでくれるのだが高齢過ぎて目や指先の自由度が低下しておられるようで留めたはずのセロテープが全然違うところについていて包装紙が留まっていなかったりするけれど、私はそのまま、友人らは「セロテープもらいますね」とおじいさんに声をかけて自分で包装紙を留め直して持ち帰った。
滋賀県木之本のでっち羊羹の思い出話はこのくらいにして、高速道路を4時間程度東へ東へと移動する長野県下諏訪への旅路の話に戻ろう。
高速道路を下りて下諏訪の町までは順調に来た。下諏訪では四連泊の予定で温泉ビジネスホテルを予約してある。夫と私はそれぞれにwebで予習してホテルは下諏訪駅から歩いてほどない位置にあることを知った状態で下諏訪に来た。自宅出発時に夫がナビにホテルの電話番号を入れたがピンポイントでは表示されず住所を番地まで入れても周辺までは案内できるがあとは自力でなんとかしろと言われると言う。
下諏訪の町まで来ても結局よくわからないまま上諏訪方面に移動していて、それでも道中に道の駅でもあれば今日はこんなに暑いからソフトクリーム食べたいねと話しつつドライブするものの道の駅もソフトクリーム取り扱い店もなく下諏訪駅に引き返すことにする。ナビで下諏訪駅を設定し駅前まで来る。「このへんなんだけどなあ」と言いながら運転する夫に私は「いったん駅の駐車場に駐めて駅の人に訊くかしましょう」と提案する。しかし夫は「いや、大丈夫、ここまで来たらもうわかるからこのまま駅の前の道をまっすぐ行く」と言う。夫はそのまま車を走行させる。右手に郵便局が見える。
「どうやらくん、郵便局があるということは、すぐとなりがホテルのはずよ、私の予習では」
「ホテルの近くに郵便局なんかあったかなあ」
「あったよ、地図に書いてあった。旅先で書いた手紙やハガキを投函するのに郵便局が近くにあると便利だから、ポストでもいいんだけど、郵便局が近い宿泊施設は私の中でポイント高いの」
「でも隣にホテルなんかないぞ」
そうして走っているうちに下諏訪駅からも郵便局からも離れる。そのまましばらく走行すると大通りに出る。「どうやらくん、今一度素直に下諏訪駅を目指そうよ」「わかった」。
大通りの途中にあるコンビニエンスストアの駐車場で運転を替わる。私は「ソフトクリーム売ってたら買って食べたいからお店の中に入ってみる」と言い、夫も一緒に店内に入る。結局ソフトクリームはなかった。夫は店内のガイドブックの地図を開いて見ている。私が「車の中からホテルに電話して訊いてみるよ」と言う。夫が「訊くにしてもここからじゃなくて下諏訪の駅から電話したほうが案内するほうもされるほうもわかりやすいと思う」と言う。だから先程私がそうしようと下諏訪駅前で言うたではないか。それを君が「いやもうわかるから」と言って運転し続け結局わからなかったのではないか。ここでも夫の『私に比較するとさっさと尋ねようとしないヘキ』が出現するのだな。しかしこうして迷って手間をかけて辿り着いた末に「ああー! あったー!! 着いたー!!!」という歓びと感慨を得るためにはむやみに気軽にさっさと誰かに尋ねたのでは彼にとってはその歓びが得られなくてだめなのかな。などいろいろと思うが、どちらにしても妻の言うことにはいったん逆らっておきたい妖怪に言うてもせんないことなのでナビの言うとおりに下諏訪駅を目指す。
ナビがこちらの道においでなさい、と示しているのでその道に入ろうとする交差点の手前で夫が「できればここを右に行って」と言う。「相当の根拠があるなら別だけど私は先程ここを通って下諏訪駅に行ったとおりにもう一度こちらの道を通りたい。右に行く根拠は何?」と問うと夫は「なんとなく。でもいい、ナビの通りでも」と言う。
ナビの言うとおりに下諏訪駅手前の三叉路に来たとき夫が「地図の番地からしたらこの突き当りがホテルのはずなんだけどなあ、ホテルらしいものがないなあ」と言う。この三叉路の突き当りには先程も一度来ておりそのあと左折して下諏訪駅の前を通過した。今回はその三叉路で一旦停止したときに正面に見える塾の看板や旗とレストランの日替わり定食飲み放題パーティーの旗以外にもホテル駐車場の立て看板が右側の隅のほうにあるのが見える。「どうやらくん、ここ、ホテルだ。さっきは左の駅側に行ったけど、右に行くと、ほら、ホテルの駐車場に到着」。と無事というには紆余曲折あったが3時半頃に到着。
ホテルの駐車場は斜めに車を並べて駐車するように線が引いてある。私は駐車場を囲うフェンスに車の頭を向けて一度停車したが夫が「こんな駐め方をしていたら出る時出られなくなるよ。出やすいように頭を通路側に向けて駐めたほうがいい」と言う。
「うーん、出る時にはうまいことバックすればそんなに難しくなく出られると思うなあ、私達の荷物はハッチバックを開けて取り出さんといけんじゃろ、バックで駐めたらフェンスがあるから荷物取り出しにくくなるなあ。あ、そうか、出る時って、明日どうやらくんがひとりで山に登りに行くときに車が出しやすいほうがラクだからすぐに出られるように車の頭が進行方向にあるといいな、っていうことならわかるけど」
「そのとりです、お願いします」
バックしつつ後方をモニターで確認しつつ前方の空き具合も見つつ下がっていたらカッシャーンと車がフェンスのネットに当たった音が聞こえる。駐車場のラインの前方部分の切れ目にちょうどよく駐車すると後ろはダメなのね、と思い少し前進する。夫は「そんなことしたら車に傷がつくじゃん」と若干の責め口調で言うが、慣れない駐車場でのフェンスやポールとの接触はままあることだ。そういう接触はもちろんなければないほうがいいが、到着までの放浪で疲れ注意力が低下しているときにはそれで器物破損したり車の修理が必要になるようなへこみができるわけでなければそういうこともあるときにはありそれは重大な事故に比べれば全然たいしたことではなく旅先で疲労した状態で悔やんで気力を消耗するようなことではないと思いそういうときには「あ、ちょっとあたっちゃったね、次は気をつけよう」くらいで済ませることにしている。
夫が「荷物を出すから少し前に出して。あとでもう一回バックして駐めなおそう」と言う。数十センチ前方に出るが夫がハッチバックを開けようとしてもフェンスに扉がつかえて開かない。「もう少し前に出て」と夫が言う。もう数十センチ前に出る。今度はハッチバックの扉を完全に開くことができる。夫が「どの荷物を持って出るの?」と私に訊く。夫の山用品以外は私が用意したものに関してはすべて部屋に持ち込むことを伝える。自宅から自宅マンション下の駐車場には一度で運べたからホテルの駐車場からホテルまでも一度で運べるだろうがやや多い。そして重い。かさばっている荷物の多くはホテル滞在中に消費してなくなるもので帰りにはコンパクトになる。旅先だからとあまり変わったことや省略したようなことをせず、紅茶も棒茶も緑茶も茶葉で用意し、生協で購入した普段食べている日持ちするパンを持ってきた。ここしばらくずっと食べたいなあと思ってこれも生協で購入したカステラも持ってきた。あとは茶葉をおいしく飲むためのワンカップティーメーカーと大きめのプラスチックマグカップをふたつずつ。旅の荷物を用意する段階ではホテルで使うスプーンは使い捨てのプラスチックのものを持って行こうかと思ったが途中で、いやいや滞在を快適にするためには気に入ったもの使い勝手のよさを知っているもの使って幸福感があるものを持って行こう、これまであちこち旅してきたけど持参したものを宿に忘れて帰ってきたことはない子なんだからお気に入りのものを持って行ってもちゃんと持って帰ってくるよ、と思い直し、会津で買った木のスプーンと柄の長い金色の小さな丸スプーンを用意した。木のスプーンは口にあたる感触が心地よく、金色の丸スプーンは毎日自宅で紅茶リーフティーの計量スプーンとしてちょうどよく紅茶に甜菜糖や牛乳豆乳を加えて撹拌するときに用いているものの柄の長いタイプ。自宅では柄の短いほうを愛用しているが普段使っていない柄の長いほうを旅に連れて行って使うのはいい考えだ。自宅の冷蔵庫で飲みかけで保存していた牛乳と豆乳はそれぞれ空のペットボトルに入れ保冷剤を入れた保冷バッグで運んできた。自宅でいつも飲んでいる炭酸水と効率よく水分補給したいときのためのOS-1、普段仕事中の血糖値補給で飲んでいる小さな紙パック入りのりんごジュース、生協で掲載されるたびに購入している島の恵みバナナ(小さいサイズで食感がしっかりしていて味が濃くておいしい)、うずらの卵の燻製。旅先の部屋での朝食用にコンビニエンスストアゆでたまごを買って食べるのも好きだけど、うずらの卵の燻製があればそれはそれでおいしくゆでたまごの代わりになる。あとは普段ほぼ毎日ちょびっとずつ食べているヤクルト製のドライプルーンとアーモンド。旅先でも普段どおりにプルーンを食べているほうが外食続きでも快便を保ちやすいはず。紅茶に入れる甜菜糖は丸スプーン1杯弱分ずつ薬包紙に包んで持ってきた。塩は以前の旅先で購入した卓上用の小さな瓶入りのものと迷ったが結局以前乗った飛行機の機内食で供された塩の小袋を持ち帰ったものを数個持ってきた。室内で何か塩をかけたりつけたりして食べたいものがあったとしてもこれだけあれば十分だろう。紅茶はリーフティーがもともと入っていたチャック付きビニール袋に少し入れて、棒茶はもともと入っていたパッケージの袋に数日分の量を入れて口を折りたたんでゴムできゅっと留める。緑茶は自宅で使っているそのまま小さなジャムの空き瓶に茶葉を入れた状態で持ってきた。緑茶も薬包紙に包んでチャック付きビニール袋に入れて持ってくることも考えたが砂糖を薬包紙に包む作業をしたら飽きたので茶葉は多少瓶が重くてもそのままでよしとした。これらの殆どは滞在中に消費しつくすから帰りにはなくなる。あとはカステラを食べるときのためにお皿を二枚。昔夫とアウトドア旅に出かけていた頃使っていたプラスチックのお皿を持ってきたがこれもそろそろ新たに普段と旅用に使い勝手のよい軽くて壊れにくい木のお皿を導入してもいいかもしれない。そのほうが旅の満足感と幸福感はきっと間違いなく高まる。あと今回の荷物で重いのはパソコン。ホテルの室内でLANケーブルを差し込めばそのまま使えると予習で知り今回はパソコンを連れてくることにした。茶類が揃い、普段食べているものがあり、PCで普段どおりの作業ができ旅先の情報収集も部屋でその都度できると自宅以外の場所でも自宅にいるようにゆっくりのんびりとくつろぎやすい。
チェックインのときにフロントの方が「四連泊ということで、念のため明日のご予定をお伺いしたいのですが、何時頃お出かけでしょうか、それともお部屋でチェックアウト時間よりもあとまでお過ごしになられますか」と訊かれる。「一名は朝早く出かけます。もう一名は部屋で過ごしますが日中ホテルの近くに散歩に出るかもしれません」と私が答える。フロントの方が「朝早くは何時頃でしょうか」と問い夫が「蓼科に行きたいので、朝5時頃にと思っています」と答える。
「承知いたしました。それでは朝5時には玄関を開けてお出かけいただけるようフロントに待機するようにいたしますね」
「あ、でも、目標5時なんで、もしかすると6時くらいになるかもしれません」
「そうですか、では5時から6時ということで予定しておきますね。あとお部屋で過ごされる場合なのですが、お部屋のお掃除などはどのようにさせていただきましょう」
今度は私が「タオルとゴミ袋の交換をしていただければ他はそのままでかまいません」と答える。
「では、朝チェックアウト前後の時間帯にお部屋の前に使用済のタオルとゴミ袋を出しておいていただけましたら、新しいタオル類とゴミ袋を袋に入れたものをドアの前に置いておきますのでご利用ください。もし日中お出かけのときにフロントが不在にしておりましたら、お部屋の鍵はそのまま外出先までお持ちになってください」
「はい。わかりました、ではそれでよろしくお願いします」
夫が「蓼科まではここから1時間くらいと思っておけばいいですか」と質問する。フロントの方が「そうですね、朝早ければ道路が混んでいないので1時間前後で登り口まで行けますね。ちょっとお待ちくださいね、地図を持ってきますので。簡単な地図なんですけど、下諏訪側からだとこの道を、上諏訪からだとこの道を行きます。ここがうちのホテルですからこの道をこう走っていってください。ところで山の上では走られるかなにかされるんですか?」
思いがけない質問に夫が答えに窮する。代わりに私が「いえいえ、走るのではなく、山に登るだけです」と答える。フロントの方が「そうか、そうですよね、山ですものね、登るんですよね、失礼いたしました」と言われる。
ここのホテルには温泉大浴場がついている。現在は時間ごとの男女入れ替え制で交替で利用する。ホームページを見た時には24時間入浴可能と書いてあったので、夜にもしも混んでいても私は連泊だから日中にゆっくり入ればいいわね、と思っていたが、日中は利用できずチェックインの15時からチェックアウトの10時までの間の指定の時間の利用となる。連休中で混んでいるようであれば室内のユニットバスを利用するつもりにするがこちらはお湯が温泉ではない。ただホテル近隣には温泉銭湯が何箇所かあり他の宿の日帰り入浴サービスもあるからそういうところを利用することもできる。
チェックインして私が荷物を解き、ホテル備え付けのもので使わないもの(バスルームの洗浄料類や歯ブラシ等)はクローゼットの隅に置き持参の自分が使っても皮膚や体調が安全なものを使いやすいように設置する。冷蔵庫の中には飲み物バナナ燻製うずらを片付け、保冷剤は冷凍スペースに入れる。パンを入れた箱はテレビ台にもなっているチェストの上に置きプラスチックのお皿にアーモンドとプルーンと塩を置く。茶葉と砂糖はパンの箱に一緒に入れる。カステラはパンの箱の手前に置き、開封後は冷蔵庫に入れる。持参のカップティーメーカーとスプーンは持参のハンドタオル布巾の上に置く。
加湿器も持参したが到着してしばらくは暑くエアコンのドライ運転でいったん部屋を涼しくし、加湿器は所定の場所に待機させる。
今回は部屋で長く過ごすつもりで、部屋の椅子で快適に座れるように円座を持参した。これまでは長距離ドライブの車中で円座を使い腰痛防止に努めてきたが室内にまで持ち込むことはなかった。それを今回は部屋にも持ち込んでみた。
部屋のティッシュは小さいサイズのものが置いてあるが、サイズ紙質ともに満足度がやや低い。夫は「なくなれば新しいのもらえるじゃん」と言うが私は「量の問題だけじゃなくて滞在中の快適満足の問題なの、うちから箱ティッシュ持ってくればよかったなあ、明日にでもコンビニででも使い勝手のいい幸福感の高い箱ティッシュ買ってきて置こうかなあ」と考えて、そうだ車の中にいつも置いてるうちで使っているのと同じ箱ティッシュを持ってくればいいじゃん、と気づく。
毎日の薬やサプリメント、スキンケア用品メイク用品が入ったポーチをデスクの上に使い勝手よく配置する。
持参のハンガーをクローゼットにぶらさげかけておきたい衣類をかける。備え付けの木のハンガーが4つはあるがもっとたくさん貸し出してくださいとお願いしてもいいけれど、どうせ大きな旅行かばんを持っていくならそして車の移動ならハンガーも持って行くと頼む手間がなくて気がラク
そうして私が部屋を自分仕様に整えている間に、夫は「男湯は夕方5時からかー。今は入れないんだったら近くの銭湯に行って来ようかなあ。みそきちどんさんも行く?」と訊いてくる。「ううん、私はまだ部屋のセッティング作業がしたいから、どうぞ行ってきて」と答える。夫は「とりあえず明日の山に持っていく魚肉ソーセージとか買いたいから買い出しに出てくる」と言ってでかける。
今回滞在する部屋は禁煙室というわけではない。このホテルにはツインは2室のみで禁煙喫煙設定がない。部屋には「ベッドでは煙草を吸わないでください」のプレートがある。しかし灰皿は置いてない。部屋は煙草臭いというほどではないが、窓を開けて換気し続けていないと壁や天井やカーテンに染み付いた煙草のにおいが漂う。窓を全開にして換気し持参の月桃消臭スプレーを室内に噴霧する。禁煙室でないなら使いたいと思い旅の鞄に常備して持ち歩いている消臭浄化のお香を焚きたい。灰皿はどこかなーと部屋の中をさがしても見つからないのでフロントに電話する。
「ちょっとお尋ねしたいのですが、こちらのお部屋が禁煙室ではないのであれば持参のお香を焚きたいと思いまして、可能であれば灰皿を貸していただけますか」
「はい。もちろんです。それでは灰皿をただいまお部屋までお持ちいたしますね。あの、普通の灰皿で大丈夫なんでしょうか」
「はい、普通の灰皿で、お願いします」
ほどなくフロントの方が部屋のドアをノックされる。はーい、ありがとうございます、と、もともと換気用にドアチェーンのフックで隙間を開けていたドアを開ける。
「ほんとに、こんな、味気のない灰皿なんですが、よろしいんでしょうか」
「はい、ありがとうございます、お借りします」
「では、どうぞごゆっくり」
銀色の直径15センチほどの丸い灰皿の中央に葉っぱの形の香立てを置きスティックお香に火をつける。
しばらくすると夫が帰ってくる。買い出ししたふうな荷物は持っていない。
「あれ? 買い出しは?」
「ホテルで教えてもらったスーパーが思ったより遠かったけん挫けた。あとでコンビニででも買う。近くに温泉銭湯あるから行ってくるけど、どうする?」
「私はまだ部屋作りの作業があるし、部屋でお茶飲んでゆっくりしてる」
「わかった。じゃ、行ってくる」
夫がタオルを持って出かけたあと冷蔵庫の上に備え付けで置いてある電気ポットでお湯を沸かす。電気ケトルではないが容量1リットルと小さめで電気ケトルではないので煮沸に多少時間はかかるが消費電力は少なめでそのまま保温をしてくれるポットだ。備え付けの緑茶ティーバッグ4パックと茶托と湯のみが2個ずつある。持参のマグカップにワンカップティーメーカーを入れなたまめ茶と棒茶を入れて熱湯をかけ蓋をして蒸らす。数分放置してからティーメーカーを取り出す。蓋を裏返しにするとティーメーカーの茶こし置き台になる。あたたかいお茶を飲みながら部屋の窓から外を眺める。
銭湯から帰ってきた夫が「気持よかったー」と満足そうに暑そうにTシャツを脱ぐ。
「お客さんは多かった?」
「ううん、まだ早いからほぼ貸し切り。おれが出てきた頃に続々とお客さんが入ってきてた。230円であの設備はいいなあ。沸かさなくていい温泉が出てくるからこその値段なんやろうなあ」
「お部屋がだいぶん自分用になってきたよ。ここの部屋広くて快適。ちょっと煙草のにおいはするのはするけど換気と消臭香で気にならないレベル、和風温泉旅館の灰皿の置いてある和室と同じくらいだと思う。それよりなにより何が快適って、カメムシがいないのが快適、カメムシのにおいがしないのが快適」
「ほんまやなあ、おらんなあ。カメムシがおらん旅行って久しぶりやなあ。ここんとこ毎年必ずいたもんなあ。やっぱり和風建築じゃなしにホテルだとカメムシおらんのんかなあ」
「時期なのか地域なのか気候なのか物件によるのか、同じ時期でも地域でも気候でもホテルの作りはカメムシの越冬には構造が適してないんかもしれんね。ここのホテルね、カメムシいなくて広くて便利で快適だけど、さっきからずっと外から聞こえる唱歌が、唱歌はきらいなわけではないけど、鯉のぼりの歌も一年生になったらの歌も聴きたいわけじゃないときにずっと聞こえてくるのが少し快適でない。耳栓しててもうっすら聞こえてくるん。明日からはイヤホンで音楽聞いてたら対抗できるかなあ」
「商店街のここのホテルの前の道『オルゴール通り』とかなんとか書いてあったなあ、そういえば」
「フロントにもオルゴール置いてあったよね。オルゴールのメロディーだけならまだラクかなあどうかなあ。でもそれも町内放送のスピーカーでずっと流れていたらどうかなあ。唱歌はねえ、歌詞の意味が聞き取れていちいち頭の中で映像化されるから余計につらいんだと思う」
「そういやあ、ずっと流れてるなあ」
夫は馬耳東風機能が高いから、私にとっては快適滞在のうえでノイズになる音声でもあまり気にならないのかもしれない。
「夕ごはん何食べに行く?」
「そうだなー、こっちにいる間に馬刺しは食べたいなー」
「さっき駅で外食屋さんの案内もらってきた。こことかどうかな」
「見せて見せて。あ、私、今日の夕ごはんじゃなくていいから、ここにいる間にここに載ってるこれ食べたい」
「なに?」
「ソフトクリームとおやきとお茶のセットでハッピーセットって名前がついてる」
「それはまたハッピーな組み合わせやな」
「でしょ。で、今日は、そうだなー。暑いから気持ちとしては蕎麦なんだけど。山菜の天ぷらとお蕎麦がいいなあ」
「じゃ、そうしよう。他のところは5時半にならないと開いてないけど、蕎麦屋なら5時でも開いてる」
「やったー。私はあったかいやつでも冷たいやつでもお蕎麦を食べると体がひんやりするから暑くないと食べられないけど今日くらい暑かったら体温的にもちょうどよくておいしいはず」
「蕎麦って体冷やすんか?」
「ううん。陰陽の分類では陽のはずなんだけど私の体では陰で作用するみたいで、なんか一般的な陰陽分類の軸と私の体の陰陽の境界軸とはちょっとズレがあるみたい。一般的にはこうのはずだからって無理して食べて具合わるくなるのは悲しいけん自分の体に合う基準で食べることにしてる」
「じゃ、行きますか」
室内の電気を消して鍵を持つ。エレベーターから少し離れたところに自動販売機と電子レンジがある。
「フロアに電子レンジがあるならレンジで温めて食べるご飯を持ってきてもよかったね」
「みそきちどんさんは部屋にいるんならそれと佃煮かなんかあれば食えるもんなあ」
「今回は自炊のつもりじゃなかったから持ってきてないからまあいいけど、持ってきたパンもちょびっとあっためるとおいしいだろうし、ほら、長野のおやきを買ってきて食べるときにも冷めてたらあっためるといいね」
「ああ、おやき、なあ」
「今回はどの具のおやきにしようかなあ。なすの味噌炒めのもいいし、切り干し大根もいいし、かぼちゃやあんこもいいよねえ。野沢菜には唐辛子がたくさん入ってると頭痛くなるし、肉味噌っぽいのは玉ねぎや葱が入ってることがあるからこれも頭痛的にだめだから、安全そうなところで」
「出かける前に車に寄って明日の山の行き先設定うまく表示されるかどうか準備しといてもいいかな」
「いいと思うよ、ぜひともそうしたほうがいいと思う。目的地に思うように辿りつけなくて今日みたいなことになってもいけんじゃん。私は車の中の日傘も取ってバッグに入れておきたいし」
「日傘?」
「うん、明日散歩に出るときも今日みたいな日差しだったら日傘したほうが安全なかんじでしょ。帽子もかぶるしUVブルーライトカットのダテメガネもするけど、全身を傘で日光からガードしたほうが熱射病っぽくなりにくくて安全じゃけん」
それではホテルのフロントに鍵を預けてお蕎麦屋さんに向けてお出かけにいってきます。