登山用靴下

5月2日、お蕎麦屋さんでの夕食を終えホテルに帰宅してくつろぐ。外出中も窓は開け放していたけれど戻ってからはドアチェーンになる留め具をドアに挟んでずっと少し風が通るようにして過ごす。廊下を行き来する他のお客さんの気配もなく静か。夫は館内の一階にあるらしい喫煙所に煙草を吸いに行って戻ってきてうがいをする。私は夜7時すぎるのを待って館内の温泉大浴場へ入浴に行く。その間も部屋のドアは少し隙間を開けて。私が大浴場に入ると先に入っていたひとがあがり結果私ひとり貸切状態でゆっくりと入浴。大浴場とはいっても洗い場三つで浴槽は畳一畳くらいの大きさだろうか。クセのない温泉源泉が常時流入しておりそれがわりと高い温度なので水道水の蛇口に取り付けてある太いホースが浴槽の中にありその蛇口で水を入れて湯温を適温にして入浴する。私はお湯が源泉100%掛け流しであることよりも適温であることを重要視するほうなのでじゃんじゃん加水する。手足を伸ばして湯浴みを堪能する。
部屋に戻りまず化粧水をつけてから部屋備え付けのドライヤーをユニットバスのコンセントに差し込んで髪の毛を乾かす。旅行前に美容室で髪の毛を整えてもらっておいたから頭のお世話がラクでいい。事前にホテルの備品情報を見てドライヤーが備え付けなのはわかっていたけれどどの程度のパワーのドライヤーなのかは実物を使ってみないとわからないため、旅のドライヤー(コンパクトなのにパワフル)を旅行かばんに入れては来たけれど、ここのホテルのドライヤーは十分な強風で素早く髪の毛を乾かしてくれる。ドライヤーに関してはドライヤーが宿にあるからと思って持参せずに来て宿のドライヤーを使ってみたらヘナヘナな風力で、やる気あんのか私の多毛と剛毛を甘くみんなよ、な気持ちになることがある。かといって事前にホテルに電話してドライヤーのパワーはどれくらいでしょうかと問い合わせるのも難しく、何ワットですと言われてもそれでなるほどこれくらいねと思えるようなものでもなく、なかなかに判断が難しい。車の旅は余計な荷物を少々運んでも苦ではないから旅のドライヤーは一応鞄に入れておいて、宿のドライヤーがよければそれをお借りし、宿のドライヤーがへなちょこの場合には持参のドライヤーを使う、という形に今のところ落ち着いている。
髪が乾いたらベッドに寝転んでスキンケアの続きを行う。温泉が染みこんだ肌に化粧水やクリームを加えるとモッチモッチとした感触になる。
夫が旅の鞄を開けて何かをさがしている。「おかしいな、入れたはずなんだけどな」と言いながら。
「何をさがしているのですか。登山靴下?」
「うん、山用靴下。入れたはずなんだけど」
「車の中に置いてる山用リュックのほうに入れてるとか?」
「ああ、そうかも、見てくる」
夫はすぐに駐車場に行って「よかったー、あったー」と戻ってくる。
「よかったね。二度あることは三度ある、って言うもんね」
「え、おれ、靴下忘れて登ったことなんかないよ」
「そうだっけ、このまえうちの近所の山に日帰りで行ったとき、現地で靴下履き替えようと思ったら持って行ってなくて、ふつうの靴下だと靴ずれになるからその日は山に登るのやめて帰ってきたことがあったじゃん」
「うん、あのときは結局登らんかったんじゃけん、忘れて登ったことにはならん。だからおれはまだ靴下を忘れてそのまま山に登ったことは一度もないのさ」
「ようわからんけど、まあよかったね」
「それに、もしも山用靴下を忘れても、ふつうの靴下を二枚履きして登るという手もある。昭和初期の登山方法らしいけど」
「せっかくいい山登り用靴下買って持ってるんじゃけん、それを使ったほうがいいよ。で、明日は結局どっちのお山に行くの?」
「もしかすると蓼科も霧ヶ峰も両方行ってくるかもしれん。蓼科に行って疲れがひどかったら蓼科だけで帰ってきて後日霧ヶ峰にするけど、明日天気いいし、蓼科登って下りて余裕があったら霧ヶ峰もちゃっと行ってこれたらそうする」
「へえ、一日で百名山二個制覇するなんてすごいね」
「そうは言うても霧ヶ峰はハイキングコースみたいなもんやからなあ。みそきちはどうするん?」
「部屋で楽譜を堪能してから、ちょっと近場にお散歩に行くかも。諏訪大社に行くかもしれないし、それよりもスーパーの鮮魚コーナーに鯉がいるらしいのを見に行きたいかも」
「鮮魚コーナーに鯉?」
「うん、今回下諏訪に旅行に行く話をしたら、職場の長野出身のひとがいろいろ教えてくれて、お魚コーナーに鯉の切り身がパックに入って売ってるって聞いたから見てみたいの」
「またー、そんなん騙されてるんやって」
「鯉だけじゃなくてこっちで売ってるものもいろいろ見てみたいけん。どうやらくんは何時頃帰ってくるん?」
「蓼科だけなら1時半くらいかなー、霧ヶ峰も行ったら4時半くらいになるかなー」
「そっか、わかった」
明日は山も下界のお散歩もいいお天気になりそう。