ビューティフル・マインド

夫が借りてきたブルーレイ。私は以前にもレンタルビデオやテレビ放映ケーブル放送放映で何度か見ており好きな作品なのでそれをこのたびブルーレイで視聴できることによろこぶ。手元のPCではCDとり込み作業をしつつ目はテレビ画面を見つつ視聴。
ブルーレイで見ると調度品や建造物木々や水面などがより一層美しく映る。かつて見たときには学生時代から仕事を初めて間もない時期の主人公の若々しさがたいそう若々しく見えたものだが、こちらはブルーレイで見ると若作りメイクをものともせず役者さん本人の演技時の年齢を肌のハリツヤなどによって露わにする側面もあった。それは老けメイクに関しても同様で、今は技術が進化してブルーレイで見ても気にならないレベルのメイクになっているのかもしれないがこの作品に関しては老けメイクを施したのですね感があったもののそれはそれとして作品自体は以前と変わらず以前以上におおいにたのしめた。音楽の音も今回ブルーレイで聴くほうが繊細にクリアに聞こえる気がしてこちらもたのしかった。
この作品は夫も過去に視聴しているはずなのだが「帽子をかぶったひとが出てきた」のをおぼえている以外はほぼまったく記憶がなく「すごく新鮮な気持ちで見られたなー」と喜ぶ。私はというとほぼすべてのシーンをいちいち記憶しているため夫のようにまるで新作を見るような新鮮さを得ることはできないが自分のお気に入りのシーンをじっくりと見て堪能する歓びはある。
レンタル屋さんから帰宅した夫に「今回は何を借りたの?」と尋ねると「ビューティフル・マインドインサイド・マン」と言う。
「ああ、ビューティフル・マインドは美しい映画だったよね」
「え、見たことあるん?」
「うん、何回か見てるよね、どうやらくんも一緒に見たと思うよ」
「そうじゃないかなとは思ったけど全然おぼえてないけん借りてきた。みそきちはどんな話だったかおぼえてるん?」
「うん、天才数学者の主人公が統合失調症にかかって……、はっ、うわーっ、ごめん、ごめん、ネタバレしてしもうたー、どうやらくんはネタバレなしが好きなのにー、ほんっとごめん」
「いや、それくらいはレンタル屋さんのケースにも書いてあるからかまわん」
「そ、そ、そうなん?」
そんな話をしてから見始めたが、見れば見るほど、かつて見た時にこのシーンでは夫とこんな話をしたなあんな話をしたなという記憶がよみがえる。同じ映画を一緒に見てあれだけいろんな話をしていたのに夫は帽子のひとが出てきたことしかおぼえていないだなんて。そのときに妻と話したことなどかけらもおぼえていないことであろう。
最後まで見てから私は自分のお気に入りのシーンが入っているチャプターを開けてもう一度二度三度と見る。
「私ね、この、みんながテーブルにペンを置いてくれるシーンが好きなの」
「ああ、これなあ、こんなにようけいペンもろうても困るやろ思うたなあ」
「いや、このシーンはそういう実用の問題じゃなくて、こういうことほぎにおける型・様式だから」
「マナーみたいなもんなんかなあ。でもあのもらったペンあとからどうするんやろうなあ。くれた人達各自に返すんかなあ。返してもらえんのんじゃったら自分が書きやすくてすっごく気に入っているペンはあんまりあげたくないしかといってあそこであんまりやっすいボールペンじゃあいかんのやろうし、しかしあんなに万年筆ようけいもろうても使いきれんし」
「わからんけどああいう立場の人たちはそういう場面に備えてそれ用のペンを持ち歩いてはるんとちがうかな」
「ああ、それならええわ」
「このシーンってさ、前半のまだ学生だったときにも同じ場所で別のずっと年上のひとが同僚たちにペンで祝福されるシーンと均衡がとれていてそれも美しいでしょ」
「え、そうやったか?」
「そうだよ、ほら、ここ(とそのシーンを再生)」
「あー、そういえば」
「あと、後年図書館で声をかけてきた若者に『食事はしたか』と尋ねて妻が作ったマヨネーズのサンドイッチを与えるシーンもね、前半でルームメイトが『最後に食事したのはいつだ、ピザとビールを』って主人公を問い詰めて食事に誘うシーンとかぶってて、寝食忘れて研究に没頭する学者の気質と食事のことを気にかけてくれるひとがいることのいとおしさみたいなものがにじみ出ていて、かつてたとえ自分が創りだした幻覚幻聴で得たものであってもそのいつくしみを持ち回りで後世の者に手渡していくのも美しい構成ですきよ」
「映画のそういう細かいところが好きなひとは好きなんやろうなあ」
「細かいというにはどっちもけっこう重大なシーンだと思うんだけど」
「おれは最後の最後まで、あのノーベル賞の授賞式が済んだところではっと気がついたら病院のベッドの上に戻ってるんじゃないかと思って、授賞式もその前の研究の日々も病気からの回復の過程もそれこそすべてが幻覚だったっていうオチなんじゃないかと思って見てたんだけどちがったなあ」
「それじゃバタフライ・エフェクトになってしまうじゃん。この映画はそういうサスペンスじゃないから」
「そうなんだけど。ビューティフル・マインドの分類は『ドラマ』『ヒューマン』でバタフライ・エフェクトは『サスペンス』だったからちがうのはわかってるんだけど、ここまで『あれは幻覚でした』っていうことならこれも幻覚かなって思うじゃん」
「いや、もう、私はこの映画の展開を知りすぎていてもうそんなふうには思えんけど、でもいちばん最初のときはあらすじも何も知らずに見て前半ずっとルームメイトのことも秘密の任務のことも主人公に同化して実際の出来事だと思って見てて病院のシーンで『え、え、え、どういうこと? ええええー、今までのことのどことどこが幻覚でどれとどれが現実だったのー』と混乱はした。あの混乱はあれはあれで面白い体験だった」
幻覚に翻弄されるのはたいへんそうだけど、夫のように現実のことであってもそれをほぼまったく記憶していないのはちっともたいへんそうじゃない。