黒部五郎岳お布団

昨夜夫が無事に黒部五郎岳から帰ってきた。
予定通り金曜日の夜のうちに高速道路で富山県まで移動し、インターチェンジをおりてからはここと決めておいたコンビニエンスストアで夕食用幕の内弁当と朝食用おにぎりと山で食べる用のおにぎりと、野菜ジュース、ヨーグルト、保冷剤代わりの氷を購入。
有料林道の閉門時間にはちょうどよく間に合う。「ゲートのおじさんはもう少し遅い時間でも通してあげるよ」と夫に言ったらしいが、いつもそのおじさんとは限らないし、おじさんがいつもそんな気分だとは限らないから、やはり余裕を持って行きたい、と夫は思ったという。
登山口駐車場に車をとめて、車中で幕の内弁当を食べる。助手席をリクライニングしてできるだけ水平に身体を横たえる。眠くなるまでの間は持参のラジオを聞く。
気候は熱くもなく寒くもなく、蚊もいなくて快適な車中泊。しかし夜が更けるに連れて気温がぐんぐん下がり、これは寒いっ、と感じた夫は長袖を着こみ車中用ひざ掛けフリースを布団として身体にのせる。
土曜日の朝は快晴。朝ごはん用のおにぎりとヨーグルトと野菜ジュースを食べる。五時半くらいに歩き始める。
順調に歩いて、九時間程度の歩行で山小屋に到着。「予約しているどうやらなんですが」と伝えるが、「えっ、どうやらさんですか、すみません、予約入ってないですねえ」と言われ夫は非常に驚く。予約があってもなくても泊めてはもらえるし、予約なしでやってくるお客さんもいるから問題はないとはいえ、予約していたつもりの夫は少々動揺したらしい。
その話を聞いて私は「それはどうやらくんが間違って別の山小屋に予約を入れていたのではないか」と確認したが、夫は「そんなんありえんじゃろう」と言う。
「いいや。どうやらくんならありえる。どうやらくん、前に、白峰温泉に行く時に、民宿の名前と電話番号をいくつか書いた紙をみながら順番に電話して、予約が取れたところとは別の宿に丸の印をして、その宿の駐車場に私を案内して宿に入ったら、えっ、うちでは、どうやらさんというご予約はいただいていないのですが、って調べてくれちゃって、そしたら別の宿にうちの予約が入っててそっちに案内しなおしてくれちゃったことがあるじゃん」
「はいはい。たしかに、そういうこともありました。でも今回はちゃんとそこの山小屋に電話したもん。あのへんにある山小屋はあそこの一軒だけじゃもん」
何はともあれ無事にチェックインし、夕食は豚のしょうが焼き他おかずがいろいろに汁物にご飯という山小屋にして豪盛な食事。
部屋は八畳はあるけれど十畳はないかなあどうかなあくらいの広さで、布団が十二組み置かれる。壁に数字の札が貼ってあり自分がチェックイン時に受け取った番号の数字のところに頭を向けて布団を敷く。今回は夫を含めて一部屋に十一人だったが、布団はひとりにつき畳一畳分のスペースに敷けるわけではなく、なんとなく皆で押し合いへし合いしながら布団が一部重なるようなかんじで敷いた状態で寝る。
夫の布団は壁の頭側は三十センチくらい折り曲がった状態だから、足が少し布団から出る。向かい側の壁を頭にする人の足がときどき自分の足にぶつかる。
それでもここの宿を何度か利用したことのある人達の話によれば「今日はすごく空いている」ということで、「夏場のもっと混んでいる時には、一枚の布団で二人で寝るのは普通。やってくるお客さんは際限なく受け入れるから、一枚の布団に三人で寝ることもある」のだとか。
「大人の男の人がシングルの布団で三人並ぶことなんてできるの?」
「そういうときには宿の人がお客さんに『皆さん今夜は天井を見ながら寝ることはできませんが、ゆっくりお休みになってくださいねー』と声をかけはるらしい」
「なるほど、それで皆さん身体を同じ方向に横向きにして寝るんじゃね」
「うん。そんなん嫌じゃけど」
「でもいくら最初は横向きに寝ても寝てる間に寝返り打つじゃん、ぶつかるじゃん」
「それでも、室内で身体を横たえられるだけでありがたい、いうことなんじゃろう」
「なんか、山の上って、下界とは価値観がいろいろ異なるよねえ。一人一枚の(一人分のスペースを確保した)お布団で寝るなんてことは、下界では基本というか基本的人権に近い条件なのに、山の上では『布団が一人で一枚使えるなんてすごくいいっ』てかんじじゃん」
「そうなんだよなあ。今回予約が通ってなくてもらった番号がなんか部屋の出入口に一番近い場所というかもろドアの真ん前で、夜中に他の人がトイレに出入りするときに踏まれたらどうしようかと思ったけど誰にも踏まれんかったけんよかったなあって本気で思ったもんなあ」
「踏まれることなく寝る、というのは、睡眠のわりと基本的な大切な部分なのにねえ。ところで、今回は布団が一人一枚あったけど、山小屋の宿泊料金って、布団が一人一枚でも、二人で一枚でも、三人で一枚でも、同じ値段なの?」
「そう。どんな条件でも同一料金」
「それもなんだかすごいよねえ」
そうやって快適な一夜を過ごした夫は、翌朝宿の朝食を食べて五時頃には出発。山小屋の朝ごはんは、山奥にしてはいろんな食材が用意されていて「これまでで二番目にご飯のいい山小屋だった」と夫は言う。これまでで一番食事がよかったのは立山の山小屋であったらしい。
ちなみに山小屋のトイレはバイオトイレで、きれいに保つように努力はされているけれど、においは通常の山小屋レベルで十分にある、とのこと。
ちょっと長くなりそうなので、布団の話ができたところで、いったんここまでにして、つづきはまた次のタイトルにて。