姉への手紙 缶

青い縁ありの葉書

東京市麻布區さくら坂町八番地 修和女學校 安東はな樣   安東かよ


(かよちゃんの音読)
おねえやん、勉強頑張ってるけ。おら製糸工場で毎日汗まみれになって働いてるだよ。朝から晩まで休みもなくて監督さんに怒鳴られてばっかしいるけんど、しんぼうしんきゃね。一日の仕事が終わると、へとへとで寝るだけだ。ここの楽しみは寝るこんだけだ。つらくてたまらんときゃあ、あのクッキーのことを考(かんげ)えるだよ。おねえやんが焼いてくれたあまーいクッキーの味を思いだすとどんなつらいこんも辛抱できるさ。クッキーの缶はおらの宝物だよ。おねえやん、今度会ったら、おらに夢の国みてえな女学校の話をうんとこさきかせてくれちゃあ。おら、おねえやんのことを考(かんげ)えると力が湧くだよ。ほれじゃあ。さいなら。かよより。


(かよちゃんの直筆)
おねえやん、べんきょうがんばってるけ。おらはせいしこうばでまいにちあせまみれになってはたらいているだよ。朝からばんまでやすみもなくかんとくさんにどなられてばかしゐるんけんど、しんぼうしんきゃね。一日のしごとがおわるとへとへとでねるだけだ。ここのたのしみはねるこんだけだ。つらくてたまらんときは、あのクツキーのあじを思いだすとどんなつらいこんも、しんぼうできるさ。クツキーのくわんは、おらのたからものだよ。おねえやん、こんどあったら、おらに、じょがっこうのはなしをしてくりょう。ピアノ、オルガン、バイオリン、ほれにあまいクツキーのゆめのくにみてえなじょがっこうのはなしをうんとこさきかせてくれちゃあ。おら、おねえやんのことをかんがえると力がわくだよ。ほれじゃあ。さいなら。


「あせまみれになってはたらいているだよ」は「い」で、「どなられてばかしゐるんけんど」は「ゐ」。
音読の「つらくてたまらんときゃあ、あのクツキーのことを考えるだよ。おねえやんが焼いてくれたあまーいクッキーの味を思い出すとどんなつらいこんも辛抱できるさ」の部分は自筆のほうでは「つらくてたまらんときは、あのクツキーのあじを思いだすとどんなつらいこんも、しんぼうできるさ」。
クッキーの「缶」が自筆では「くわん」と書いてある。
これ以前に、はなちゃんと朝市くんが書いていた葉書の文章では拗音が大文字のままのものも混在していたが、かよちゃんの文章では「クツキー」の「ツ」が「ッ」よりもやや大きいものの、「ゃ」「ゅ」「ょ」「っ」は小さく書かれている。
音読では「おねえやん、今度会ったら、おらに夢の国みてえな女学校の話をうんとこさきかせてくれちゃあ」だが自筆では「おねえやん、こんどあったら、おらに、じょがっこうのはなしをしてくりょう。ピアノ、オルガン、バイオリン、ほれにあまいクツキーのゆめのくにみてえなじょがっこうのはなしをうんとこさきかせてくれちゃあ」となっている。歌と音楽に興味がある子だが上の学校には行かずに製糸工場の女工になるという設定の「音楽好き」という側面がこの楽器名に込められているように感じられるが音読はされなかった。